ちゃぷたー8・The Tukkomi Hole


 「わあっ」
 「ここがナニハ・シティ!」
 街の入り口で、一行は歓声を上げた。
 このあたりはどの王国にも属さない自治都市が点在しているが、中でも
港湾都市ナニハは特に元気だ。
 くいだおれ・お笑い・商業。
 なににつけパワフルなイメージが強く、よその土地では一般に、この街には
気弱な性格の人がいないと信じられている。
 7人は市門をくぐり、嬉しそうに周囲を見回した。
 ハデな色彩があちこちに散り、エネルギッシュとゆーかぎんぎらとゆーか、
独特の街並が拡がっている。
 空気には雑多な匂いが入り混じり、街道よりも明らかに温度が高かった。
 「あっ、タコヤキー」
 紅於は走って行ってしまった。
 が、珍しく桂が同調しない。
 「えーと…」
 街の案内図にはりついている。
 もう気持ちはツッコミの穴に飛んでいるらしい。
 「街の北西…よし!」
 大きく頷いてから、ふと呟いた。
 「相方が要るなあ」
 横目で連れたちの方を見る。
 も一つ頷いてから戻って来た。
 「じゃ、私ツッコミの穴に行くから。
 「ききょさんも行く?」
 「うん、行くー」
 何気なく尋ねると、つきあいのいい巻き込まれ型の画獣方士は簡単に
引っかかった。
 ボケ役が決定した。
 「あたしも行きたいですー。なんかおもしろそう」
 蓮がのんびり言う。
 召喚士は、別にボケが二人いたってかまわないだろう、と思った。
 「ねーかつちゃん。
 「時間、どれくらいかかるの?」
 「いろんなコースがあるらしいけど…まあ魔王様に悪いから、今日の
  半日コースにしようと思ってる」
 「そしたらその間、あたしたち適当にブラついてるねー」
 「うん。
 「今日って、ここで泊まる?」
 「もちろん!くいだおれナイトだよーんV」
 紅於がVサインを出す。
 「途中まで一緒に行って、宿決めとこ」
 「あ、うん。そだね」


 「たのもー」
 巨大な門の前で、桂は気合いの入った声を出した。
 三階建相当くらいの木門は歳月に黒ずみ、焼けた金具の陽に照り映えるさまも
堂々としている。
 お笑いの修業場とは思えない厳めしさだ。
 それが、重々しくきしんだ。
 ぎぎぎ…
 門扉の中央から、ほそい光が洩れる。
 ごく。
 桂が真剣な顔で息を呑んだ。
 そして…
 ついに、門が開いた。
 こて。
 桔梗と蓮がひっくりかえった。
 「何じゃそらア!!」
 桂は門の中を指さして叫んだ。
 彼女の期待の的・ツッコミ道場は、
 ちまっ。
 とした掘っ立て小屋だった。
 3坪がいいところだろう。
 屋根の上に、『安心・確実、信頼のツッコミ道場』とか看板が出ている。
 「り…立派なのは、門だけなんですね…」
 画獣方士がよろよろ起き上がる。
 「しかもあの看板、なにー」
 さすがの蓮も線目になっていた。
 その時、
 『えっ、くせれんと!』
 ノイズまじりの賞賛の声が響いて来た。
 3個のスピーカーが雨樋の端にくくりつけられているが、
 カリスマ・ヴォイサーのものには及びもつかない安物を使っているようだ。
 『そこの真中の君!
 『確かに君は、ツッコミだ!うしろの二人は相方かい?』
 ヴァヴァ〜ン。
 へんな音楽が流れた。
 『入りたまえ。
 『…ツッコミの穴に、ようこそ…』
 掘っ立て小屋の扉が、ゆっくりと開く。
 正面に舞台が見えた。
 いかにも古く、かつボロそうだ。
 がたん。
 手前のドアが落ちる音。 
 トイレだった。
 ホルダーから伸びたトイレットペーパーが風にひらひらなびいている。
 桂のやる気はかなり目減りしていたが、いきなり帰るというのもむなしい。
 腰に手を当てて嘆息すると、門の中へ足を踏み入れた。
 近付くにつれて、舞台の手入れの悪さや緞張のボロさがよく見えて来る。
 トイレの臭気も、ほとんど物理的な圧力を持つかのようだ。
 鼻を抑え左右に揺れる桔梗があとに続き、蓮も線目のままぽてぽてついて行く。
 「あ」
 へんな声を出した。
 振り返った桂が、
 「…あ」
 同じような声を洩らす。
 門の裏側を見ていた。
 …セットだった。
 うすっぺらい板壁を、つっかい棒で支えてある。
 「なめとんかイ」
 召喚士はまたしてもツッコまざるを得なかった。
 『おうっ、ますます素晴らしい!
 『しかし、その門のセットはいいできだと思わないかね?
ウエザリングにたいへんな手間をかけたのだよ…』
 誇らしげなスピーカーの声に、桂は、とってもセンチな気分になった。
 (しょせんスネ者のオイラが、夢を見たのが間違いだったのさ…
 (へッ)
 とか思った。
 回れ右した。
 すたすた出ていこうとする桂に、スピーカーの声が慌てて呼びかける。
 急に言葉が変わっていた。
 『まっ、待ちなはれ、どこ行きよんねん。
 『ここまで来といて何もせんと帰らはったら、そら無駄足っちゅうこっちゃ。
 『無駄はアカンでえ』
 「これ以上いる方が時間の無駄だよ」
 きっぱり言い放つと、スピーカーは沈黙した。
 「まったくもう」
 召喚士が憤然と門柱に手をかけた時。
 ずばごぉ!
 「ひゃー!?」
 地面が揺れ、腰が砕けるような悲鳴が上がった。
 「あーんヤですー」
 門と道場の中程の地面から巨大なアームが生え、次元幻想師を逆さに
吊り下げている。
 「蓮!」
 姉がおろおろ叫んだ。
 「なっ…」
 『帰しまへん、帰しまへんで!』
 スピーカーの声が、ぎらぎらした熱気を帯びて復活した。
 『ひーっさしぶりの客や、入門代もはろて貰わんと帰すわけには
いきまへんなあ!!』
 「っ…」
 ぴしぴしぴし。
 うち続くショックに、召喚士の額にびっしり青筋が立った。
 「あほか!!
 「人質とって金取ろて、そら犯罪やで!」
 コトバがうつっている。
 『何とでもゆっとき。
 『ほな、サクサク入門代はろてもらおか。そやなかったら、この子売るで』
 「えっ、ちょっと…」
 桔梗が青くなった。
 「ききょ姉ー」
 機械のアーム相手では何ともしようのない幻想師は情けない声を出す。
 「血がのーぼーるー…」
 目がぐるぐるになって来た。
 「どど、どうしようどうしよう」
 情けなさでは方士も負けていない。
 「くっ…」
 桂が呻いた。
 めちゃめちゃ後悔していた。
 こうなるとわかっていれば、こんな人選はしなかったのに!
 何とか、気付かれずに呪文を唱えられないだろうか。
 だいたい、相手はこっちの様子をどこで見てるんだろう?
 召喚士は腰に下げた水晶球に触れようとする。
 『おーっと、おかしなマネせんとき。
 『もったいないけど、この子握り潰すくらい一瞬ですむで』
 「汚っ…!」
 「ミンチはやだー」
 「あたしもイヤー」
 競って泣く姉妹に、桂はとうとう両手をあげた。
 「…わかったよもう、入門代払えばいんでしょ」
 低く言う。
 こんなやり口に屈するのは、ものすごく悔しかった。
 『ああ、ええ心がけや。人間、素直がいちばんやて』
 「……
 「で、いくら」
 『そやな。銀貨で…』
 「銀貨あ?どうしてまた」
 『うっとこの街は、こまい金の方が使い勝手がええさかいな。
 『それにここんとこな、銀の方が相場の変動が小さいんや』
 なんと、どこまでも商業の街というか…
 桂は財布の中を思い出し、銀貨をどのくらい持っているか考えた。
 あまりなかったような気もする。
 「で、銀貨何枚」
 『そやな。
 『6億枚でどないや』
 「死ね」
 絶対零度のツッコミが入った。
 そして、
 その冷気の中から、一体の幻獣が勝手に現れた!
 「え…
 「極氷晶后!?」
 白銀の裳裾を引き、美しい氷の女王が天空に舞う。
 細かな氷の粒子が、陽光を弾いてきらめいた。
 ふう。
 幻獣は掌の上で冷気を吐いた。
 一気に気温が下がり、幻想師を捕えたアームが凍りつく。
 「つつつつめたいー」
 蓮が悲鳴を上げた。
 『な…
 『なんやなんや!?』
 ツッコミの穴の人間の声も、すっかり狼狽に染まっている。
 『あんさん、召喚士かいな!えらい無茶しよんで…』
 ひぃ…ん。
 スピーカーは、声が喋り終えるのを待たずに凍りついた。
 桂は、何かこすれるような音を聞いた気がした。
 ぱり…
 静電気が閃く。
 「あっヤバっ」
 慌てて水晶球を手に取る。
 白風虎を呼び出し蓮を救出させた。
 「ききょさん、早く!」
 桔梗の腕を引っ張って大急ぎで門を出た。
 背に蓮を乗せた虎を従え、できるだけその場から離れようとする。
 ご…
 上空に発生した雲が、低く唸る。
 稲妻が走った。
 ぴっ…
 しゃああああんん!!
 蒼い雷が、マトモに地面から突き出たままのアームに落ちた!
 大地がびりびり震える。
 よんよんよん…
 大気の反響は、少しずつ弱まって行った。
 そして、静寂。
 コゲた人影が、裏の畑の方へこそこそ逃げ出していくのが見えた。
 「…ふー」
 桂は息をついた。
 「ねーかつさんー、あのヒト氷系に見えるけど、雷まで使えるのー?」
 蓮は、晶后を指して尋ねる。
 「いや、今のは熱界雷ってヤツ。
 「急激に一部の空気が冷えたもんだから、対流摩擦で静電気が発生したわけ」
 「ふうん…?」
 「桂さんすごーい」
 喉元過ぎれば、姉妹はやっぱりのんきらしい。
 「ま、いいけどさ」
 召喚士は肩をすくめた。
 目の前にふわりと舞い降りる極氷晶后を見上げ、
 「ありがと、晶后。助かったよ…
 「制御に失敗したのかなって思うと、ちょっとツラいけどね。まだまだ
  修業が足りないなあ」
 氷の美女はにっこり艶やかに微笑み、かぶりを振った。
 「わらわはそなたの精神に棲み、そこを経てはじめて力たり得る者。
 「そなたの心が凍る時、わらわは誰よりもそなたであり、
 「何よりもそなたの力となる…」
 「…?
 「よくわかんないな」
 「つまり…
 「そなたの心があまりに冷え、わらわと同調したために、わらわは出現に
  召喚を要しなかったということじゃ」
 「そ、れ…
 「制御に失敗したんじゃなくて、召喚呪文が要らなかったってこと 」
 晶后が頷く。
 「うっわー…」
 言われてみれば確かに、制御に失敗したんだったら幻獣はまず、自由に
なろうとして召喚者に襲いかかるものだ。
 なんてこった。
 ツッコミ修業をするつもりが、召喚士としてのレベルが上がってしまった。
 こんがり焼け焦げ、ぷすぷす煙を上げているツッコミ道場に視線を移し、
 桂は、
 ちから強く思った。
 (それはそれでよし)


 「あれ、かつちゃん」
 串カツの店からお腹を押さえて出て来た紅於が、友を認めて足を止めた。
 続いて葵が現れる。
 「もう終わったんですか?ずいぶん早かったですね」
 「んー…」
 桂は歯切れが悪い。
 「ツッコミの穴はどーでした?」
 問う橘に、
 「うん…レベル上がったよ」
 短く答えた。
 「あ、すごーい。頑張ったのねっ♪」
 蜜柑は屈託なくホメてくれる。
 蓮が口を開いた。
 「か…」
 桔梗が慌てて妹の口を塞いだ。
 「かえちゃん」
 召喚士は友の腕をがっしとつかんだ。
 「う、うん?」
 「も、ここ出たらまっすぐ魔王様んとこ行こうね。やっぱ、あんまし
フラフラ寄り道ばっかしててもさ」
 「う?うん、まあ…
 「そだね」
 彼女はとうとう、何のレベルが上がったのかを口にしなかった。

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