ちゃぷたー7・On The Way


 遠い山の稜線を縁取る雲が、ほこほこと白い。
 旅の空は、気持ちよく晴れていた。
 カリスマ・ヴォイサーの紅於、召喚士の桂に道案内妖精の蜜柑、剣士の葵に
画獣方士の桔梗に服飾家の橘。
 くいだおれ一座、現在6名。
 今日も元気に街道をゆく。
 目指すギーシュの森まで、3分の2ほども来たろうか。
 「ん?」
 紅於と喋っていた桂が、ふと耳をそば立てた。
 「何か来る…?」
 小さく呟いた語尾に、
 「見っつけたー!!」
 心底うれしげな叫び声が重なる。
 「今の声!?」
 振り向きかける橘に、土煙を上げて躍りかかる影。
 ずばーん!!!
 「うわー」
 ゴッツい体当たりをくらい、さしもの大男もスッ転がる。
 「なっ何事ですか!?」
 うろたえる葵に、地面から同性にはぞんざいな服飾家がひらひら手を振った。
 「大事あらへん…」
 「聞いた声だと思ったら…」
 桔梗がデコを押さえる。
 「やっぱり君か…蓮。しかも今、【ドライヴ】かかってるね?」
 「うん そーでーす♪」
 短髪の少女が、橘のハラの上でにこにこ笑った。
 両ヒザが見事に鳩尾に入っている。
 「とりあえず、どいてくれ…」
 「えー」
 「えーじゃなくて」
 「しょうがないなあ」
 蓮と呼ばれた少女はヒザで弾みをつけ、ぽん、と立ち上がった。
 「ぐぇ」
 地面で潰れた声が上がる。
 「相変わらずだね蓮…
 「元気そうで嬉しいよ」
 もそもそ起き上がりながら、橘はげんなり言った。
 「だーって、お兄が悪いんだよ?
 「あんっなに頼んだのに、あたしは連れてってくんないんだもん。
ききょ姉だけ連れてこっそり出かけちゃうなんてズルすぎ!
 「ゆえにおしおきなのだー」
 「だからそれは…」
 服飾家は、地面に座ったまま溜め息をついた。
 「お兄って…
 「なに、妹さん?」
 桂が橘・桔梗・蓮を見比べながら尋ねる。
 どうも、誰も似てないきょうだいだ。
 「あ、ええ…
 「ウチの末っ子なんです」
 「そうでーす」
 答える桔梗に、妹がまつわりつきに行く。
 「はじめまして、蓮です。次元幻想師でーす♪
 「ねえねえ、ききょ姉も言ってやってよ。お兄、ひどいと思わない?」
 自己主張の前にちゃんと一同に挨拶するあたりは、末っ子の如才なさと
いうものだろうか。
 見たところ14〜15才。
 くせのある短髪は橘と同じ亜麻色。
 タレ気味の目の色は、姉や兄よりもややうすい。
 背は低くはないけれど、きょうだいほど高くないし、線が細い。
 代わりに、他意のなさそうな笑顔は一番明るかった。
 服は、もしや橘が作ったのだろうか?
 インナーはマットな白の短めのワンピース、袖は透明なビニール地になって
いて、スカートの裾にも同じ切り返しが入っている。
 外はコートに近い形のオーバースカート、前は開いていて、いくつかの細い
ベルトで留めてある。こちらはテリ白、弱い陽光の下でも目にしみる。
 あと、ちなみに。
 次元幻想師というのは、幻覚によって敵対者に精神的ダメージを与える魔法職
ある。 範囲魔法の呪文を多く持ち、対多の戦いに向いている。
 …はずだ。
 「は〜ち〜す〜…」
 橘が、聞いた事もない困った声を出した。
 妹には弱いらしい。
 ププ…とこみあげる笑いをこらえ、紅於は困惑の兄を立たせてやった。
 「まあまあ、一緒に旅したくて追って来るなんて可愛いじゃない。
 「連れてってあげよ?」
 カリスマ・ヴォイサーは、来る者を拒まない。
 橘は慌てた。
 味方が現れ、幻想師が顔を輝かせる。
 「いや、あの…
 「でも、妹はまだへっぽこで…」
 「何ようー」
 「じゃなおさら、経験積んでレベルアップしないと」
 紅於がにっこり言った。
 「ですよねですよね!」
 蓮はカリスマ・ヴォイサーの腕に取り付いた。
 どうやらこのヒトがパーティリーダー、と正確に見抜いたらしい。
 「ほらお兄、もう諦めるんだ」
 「って、お前ねえ」
 「どしても帰らせるならねえ…」
 妹は腰に手を当て、長身の兄を見上げた。
 にやりと笑う。
 「う…?」
 「お兄が家にキープしといたレミー、おっきいお姉たちにチクるよ?」
 「うわッ。
 「そっ…それだけは勘弁…
 「あれは、めでたく【光速の針】を見つけて帰った暁に祝杯を上げるための
  とっときなんだよ!」
 「まあまあ。連れてってくれれば問題ないし」
 「ないしって」
 「たっちーの負けだね」
 桂が笑った。
 「あああ、もう」
 橘が頭を抱える。
 妹を見て、もう一度溜め息をつく。
 「知りませんよ、僕は…」
 呟いた口調の重さを、一同はじきに理解することになる。


 「さっき、おっきいお姉とか言ってたけど きょうだい全部で何人いるの?」
 紅於は蓮と並んで歩いている。
 「えっとねー、5人いますー。
 「おっきいお姉がさつき、まんなかのお姉があやめ、その次がききょ姉で、
  お兄が入って、最後があたし」
 「女ばっかなんだ」
 なんかこの子喋り方が変わってきたな、と思いながらヴォイサーは言った。
 そう言えば【ドライヴ】がどうとか…
 「はい♪」
 いっか別に。
 細かいことは気にしない紅於だった。
 「おとーさんも仕事であんまり家にいないから、たいてい家に男はお兄一人
  だったんですよー」
 「それでたっちーは、ああなんだ」
 桂がスルドい一言を放った。
 「かつさん、それはどういう…」
 女には弱いが男には無関心でぞんざい、丁寧に喋ると口が腐ると思っている
らしい服飾家が口を出す。
 が、
 「むっ」
 一同の注意は、低く唸った召喚士に集まった。
 桂は歩きながらマップを拡げていたが、今や完全に足を止めて見入っている。
 「どしたの、かつちゃん」
 尋ねる紅於に、 
 「私、ここ行きたい!!」
 と掲げて見せたのは…
 〈ナニハ・シティ〉。
 くいだおれとお笑いの街である。
 またまたおいしそうな街の予感に、口々に賛同の声が上がった。
 「えーと、ここから南西ですか…
 ちょっと戻ることになるんですね」
 葵が地図を辿って呟く。
 だれも聞いてないが。
 一行はすでに、賑やかに喋りながら南へ道をとっている。
 ぽちん。
 置き去りにされた自分を発見し、彼は悲しかった。
 「ま、待って下さい…」
 「ベイサイドにシーフードのお店が集まってるんだってー」
 「私、ここの水族館行きたいですー」
 「あ、お姉、あたしもー!」
 「問屋街によさげな反物商が…」
 「あっそ」
 「私、ツッコミの穴に入るっ!!」
 ぴた。
 喧噪が静まり、高らかに宣言する召喚士に視線が集まる。
 「なにの穴?」
 紅於が眉を寄せた。
 「ツッコミの穴」
 桂が簡単に答える。
 「…それ、何するとこ?」
 「ツッコミ修業」
 「それすると、どうなるの?」
 「ツッコミ・マスターに認定されるかもしれない」
 「はあ」
 としか言いようがない。
 かもしれない、って所がまた奥床しいではないか。
 「そこを途中で逃げ出すと、次々に刺客が送られて来るの?」
 「いやあの…
 「古いプロレス漫画じゃないんだから」
 ヴォイサーの問いに、召喚士はこまった顔をした。
 桔梗が横からはうはう口を出す。
 「じゃ、ちゃぶ台ひっくり返すおとーさんがいて、全身に肉はさむと痛そうなギプスをつける」
 「すげ違う」
 「ってゆーかさー、ききょさんって物陰から弟を見守りそう」
 紅於が言う。
 全員こくこく頷いた。
 「うん、感じ感じ。ただ見守る」
 「あう。しまった…」
 このやりとりをにこにこ見ていた蓮が、横にいた兄の袖を引っ張った。
 「ねえ、お兄ー」
 「うん?」
 「さっきから気になってるんだけどさあ。あれ」
 と左手を指す。
 街道沿いによく植えられているにせ銀杏の木が風に揺れている。
 「?」
 橘がそこをよく見れば…
 「うわ」
 木の影に火炎大トカゲ。
 の群れ。
 が、こちらに気付いたところだった。
 どひー。
 「早く言ってくれ 」
 慌てて防火布を拡げた。
 ばさ。
 一番前にいた桂にそれが届くのと、トカゲが一斉に火を吹くのが同時だった。
 ばふ!
 「うわッ」
 布地が熱風に巻き上げられて服飾家の手を離れる。
 「123…げー、7頭もいる」
 紅於が舌を出した。
 「第2波、来ます!」
 何のパロディかわからないが、方士が叫んだ。
 「請来・…って間に合わないっ…」
 ごうっ…
 鮮やかな緋色のエネルギー塊が、わちゃわちゃする一同に向かって奔る!
 葵が剣を構え、前に出た。
 (斬れるか!?)
 気合いをこめる。
 宙に銀色の閃光が走った。
 ばふぉん 
 炎が長剣の軌跡に沿って二方へ散る。
 相殺されたエネルギーが光の粒子となって剣士に散りかかった。
 「葵くん、すごーい!」
 画獣方士が目を丸くする。
 「偉いっ」
 「それ普通の剣だったよね !?」
 とか言い合いながら一同はそれぞれのエモノを構えるが、ここで服飾家は仁王立っている妹に気付いた。
 にこ〜。
 と笑っている。
 (うっ)
 トカゲたちが、そんな彼女に敵意を定めたようだ。
 茂みをめりめり倒しながら、我先に街道へ出て来ようとしている。
 「あ、あ…」
 橘は慌てた。
 剣を執って立ち上がろうとする葵に足払いをかけ、かえかつききょを抱えて地面に伏せる。
 「わ!」
 「ちょっと、はっちはいいの!?」
 「いいから!」
 服飾家の両手が、紅於と桂の頭を抱え込んだ。
 「次元曲(ディム・)理相(フューズ)」
 にこにこの声が言った。
 蓮は右手を頭上に掲げる。
 今しも彼女に襲いかかろうとしていた火炎大トカゲたちは、急に勢いを失ってへたり込んだ。
 そのまま動かない。
 「どっ、
 「どうなってんの?」
 服飾家の腕をどけ、紅於がもそもそ身を起こす。
 桂も同様だ。
 「く… 」
 橘が呻いた。
 ひどくのろのろ起き上がる。
 「うえーぷ」
 すぐに、口元を押さえて手近な木にすがりついた。
 「どしたのたっちー」
 「あれ…」
 紅於と桂が周囲を見渡せば、なんかそんな奴ばっかりだ。
 トカゲたちとか葵とか。
 桔梗までへたばっている。
 「??」
 「何があったの?」
 「蓮ちゃんが呪文唱えてたのは見たけど」
 「だいじょぶ?ききょ姉もお兄も」
 噂の主が寄って来た。
 橘は青い顔で、
 「うー…気持ち、悪い…
 「相変わらず、範囲の特定、できないんだね蓮…」
 二日酔いの時みたいにぽそぽそ喋る。
 でも妹は、やっぱりにこにこだ。
 「うん、そーなの。ごめんねー」
 「えーと…」
 桂がこりこり額を掻いた。
 「はっち、次元幻想師ってゆってたよね。
 「今使った呪文…」
 質問に幻術師は、何の悪気もなく明るく答える。
 「幻覚で悪酔いさせる魔法でーす♪ひと団体に効きまーす」
 つまり。
 蓮は、攻撃的範囲魔法を使うのに、効果範囲が限定できない…
 確かにそれはへっぽこだ。
 それ以外の何だろう。
 きょうだい以外の4人は、力いっぱい橘の言葉を理解した。
 それは、とてもすっぱいキモチだった。
 「全然変わってない…
 「もう少し、進歩してくれたって」
 兄の言葉に、妹はぷん、とむくれた。
 「お兄だって相変わらずえっちだもーん。女の人庇って自分が酔ってるし。
 「実は役得、とか思ってたでしょ」
 「はちすー…」
 「ききょ姉、へーき?」
 「あう。あんまり…」
 「あー。
 「ごめん姉さん、手、二本しかないから。でも、効果知ってるんだから自分で
  耳塞ぐとか…」
 「だってー」
 桔梗にそんな反射神経はない。
 「んー。こまったねえ。
 「ねえ、でもー。早く移動しないと、あっちが先に覚めちゃいそうだよ?」
 末っ子は何でもなさそうにトカゲたちを指す。
 大トカゲたちは、もそもそ身動きし始めていた。
 「…!」
 服飾家の顔がもっと青くなった。
 無理矢理立ち、姉を担ぎ上げる。
 「行き、ましょうかえさんかつさん…葵くんも」
 男には声だけかけて、力ない歩みを再開する。
 「ま、まあとにかく…」
 「ナニハ目指してゴウ!だね」




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