いんたーみっしょん 


 朝だった。
 魔王城の上空は、『そういうものだ』というディナリの意志により、たいてい
曇っている。
 それでもささやかな陽光は遠慮がちにカーテンを透かし、すやすや寝入る
テディの蒲団の上に窓の格子の模様を描いていた。
 「ム」
 ヨグムンドが唐突に目を開いた。
 何かの気配を感じたのだ。
 むくり。
 起き上がると、あたりをきょろきょろ見回す。
 気配は消えていた。
 代わりに、枕元に巻紙が一通。
 細い紐で帯封がしてある。
 封蝋に押したテディのマークの中に、『3』の数字が入っていた。
 「ぼるしぇカ…」
 自分に姿も見られずに去るとは、本当にやるようになったものだ。
 最初のテディは、思慮深げに腕組みした。
 ボルシェが、森の管理を任されているのをいいことに一日中ほっつき歩いている
2号テディのカーマイルを抑え、bQに躍り出る日も近いかもしれない。
 ヨグムンドは小さな木のベッドを下り、届けられた密書を開く。
 「ムウ…」
 読み終わると、不機嫌な唸り声を発した。
 ボルシェは、紅於の一行が1人また1人と人数を加え、とうとう7人ギリギリに
なっていることを知らせて来ていた。
 (来ル者ヲ拒マナイトコロマデ魔王様ニ似テオイデノヨウデスネ!)
 しかしまあ、それはいい。
 はじめから7人来ると考えて準備をしているのだから、無駄にならなかったというものだ。
 ただ…
 ただ、
 彼女らの、のんびりした旅のしようは、もう少しなんとかならないものだろうか?
 まったく。
 待って待って、待っている魔王の気持ちも知らずに。
 しかもだ。
 今までは曲がりなりにも魔王城へまっすぐ向かって来ていた〜多少の迷子はともかく〜
のに、今はそれさえも怪しくなったらしい。少し南へ戻り、どうやらナニハ・シティを
目指しているもよう、とあった。
 「クー 」
 困ったものだ。
 ヨグムンドは真っ黒な目に焦慮を映し、ため息をついた。
 部屋を横切り、窓辺に置いた脚立にのぼった。
 カーテンを開け、窓を開く。
 うすい風が流れ込んできた。
 背伸びして南の方角を見やっても、もちろん森に遮られて視界は限られている。
 立ち枯れた木々の間に動くものも…
 いや、今、黒い小さな影がちらりとよぎった。
 テディにしては大柄なカーマイルに違いない。
 のんきで無口で、森を愛する2番目の使い魔。
 何も言わないけれど、森が枯れて行くのを誰よりも悲しんでいる。
 また魔王が通販で買ってくれた高枝鋏をかつぎ、スコップや苗の入ったザックを
しょって一日植樹や剪定をして過ごすのだろう。
 彼は、自分の仕事をとても愛している。
 ヨグムンドはそう思うと、少しだけ羨ましい気もした。
 「…ン?」
 ふと、カーマイルが立ち止まった。
 後ろを振り返る。
 彼の視線の先に、新しい、もっと小さな影がひとつ現れた。
 「アレハ…」
 ヨグムンドの口が茫然と開いた。
 森番にいそいそ駆け寄って行くのは、最も小さいテディではないか。
 アンヌ・マリー。
 明るいブラウンの紅一点。テディナンバーは7号だ。
 おとなしくて優しくて、耳に張られた赤いチェックの生地がとてもかわいい…
 小さなテディは、持っていた籠を差し出している。
 彼女のつくったお弁当なのだろうか。
 2号テディが、照れたように頭をかきかき受け取る様子が見えた。
 「…かーまいる…」
 どこまでも羨ましい奴。
 理由のわからない怒りがこみあげ、ドアをノックされたのにも気づかなかった。
 「よぐむんど様?」
 2番目に大きい13号テディが入ってくる。
 「ア、アア、みっとう゛ぁいあー君。オハヨウ」
 「オハヨゴザマス。
 「アノ、ますたーガゴ用トカデ呼ンデラッサルデスガ」
 「ソウカ、ワカッタ」
 ちょっと舌の足りないミットヴァイアーに頷き、ヨグムンドは窓辺を離れた。
 マッハで着替え、魔王のもとに行かなくては…
 とにかく、彼だって自分の仕事を愛していなくもない。


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