ちゃぷたー6・Top Secret


 「あ」
 ドアを開けるや、なずなは目を丸くした。
 「や」
 3年ぶりに見る幼なじみが、照れくさそうに笑っている。
 「たっちん!?
 「えーっ…久しぶり!
 「なんでここにいるの!?」
 「うーん…
 「まあ、偶然といきがかりかな?」
 と服飾家が身をずらすと、ベッドに寝かせられているのはこれまた知った顔。
 「あれ、ききょ姉まで。
 「ききょ姉、具合悪いの?」
 橘は苦笑した。
 「フレイムエール舐めたんだって」
 白魔法使いは了解した。
 「相変わらず、アルコール駄目なんだ」
 笑いながら、桔梗の寝ているベッドに歩み寄る。
 両手を胸の前で組む。
 口の中で呪文を呟いた。
 「解癒(アスタレスト)」
 なずなの手に桜色の光が点る。ゆっくりと開いた掌の上で、それはぼんやりとにじみ始めた。
 差し出した手からこぼれ、光は桔梗の上にほろほろと降る。
 姉の呼吸が深くなっていくのを聞いて、橘はすこし息をついた。
 「ありがとう、なずなちゃん」
 「どういたしまして。
 「ねね、それで、そちらは?」
 白魔法使いは、別のベッドに座っている紅於たちに目を向けた。
 「あ、うん。旅の仲間で…
 「右から紅於さん、桂さん、蜜柑ちゃん」
 「よろしく、なずなちゃん♪」
 手を振る3人に、なずなも笑顔を向けた。
 「はじめまして 
 「旅って、冒険なんですか?」
 「んー、それもないでもないけど。
 「魔王様にね、ごはんに招んでもらったから。ゴーカそうでいいかなー、と思って」
 紅於は屈託なく笑っている。
 なずなの目は点になった。
 「はあ」
 礼儀正しく頷くだけにとどめた。
 「え、とね」
 橘が、苦笑まじりに話を変えようとする。
 「なずなちゃん、僕、おばさんから預かって来てるものがあるんだ」
 「?」
 お守りが出された。
 それから、[その後の話]と。
 「…そっか、
 「おばあちゃん、大した事なかったんだ。よかった…」
 出奔の白魔法使いは、お守りを揉みながら半ベソをかいた。
 「おばさん、心配してたよ。旅はやめたのかい?」
 「うん…
 「ここの人たち、私がいると助かるって」
 「ああ…うん、そういうの、大事だよね」
 橘は、安らかな寝息を立てる姉を見ながら言った。
 部屋の隅では紅於と桂がぼしょぼしょ話している。
 「ちょっと奥様、お聞きになりまして?服飾家さんのあの話しぶり」
 「あ」
 「えーえ奥様、まあ何ざましょね。気取りすぎてて寒うございますわあ」
 「ね」
 蜜柑が会話に加わりたくてちょろちょろしている。
 「お話からすると、オムツの頃からのお知り合いらしゅうございますのにねえ。
 「いまさら格好つけても仕方ないんじゃございませんかしら?」
 「あの…めちゃめちゃ聞こえてるんですけど」
 「あら失礼、おほほ」
 「じゃ、後は若い者に任せて」
 と、二人は妖精も連れて出ていった。
 「なんだかよくわからない…」
 「面白い人達ねえ」
 なずなはクスクス笑っている。
 「うん。ほんとに、面白い人達だよ。道連れになったのは偶然だけど、なかなか
  ヒットだったと思ってるんだ」
 言ってから橘は、ちょっと語調を変えた。困った顔をしている。
 「あの、さ。
 「…なずなちゃん、さ。昼間、西の飯屋街通ったの見かけたけど…どこ行くとこ
  だったんだい?」
 「え」
 「何だか深刻な顔で前ばっかり見て、すごく急いでた。
 「何か、問題でも抱えてるんだったら…」
 なずなが息を呑んだ。ちらりと幼なじみの大男を見上げる。
 頭も大きいので、比率的にそんなに大男に見えないあたりが悲しいがそれは余談。
 「なずなちゃん」
 「ん、と…
 「…
 「たっちん達、フレイムエール飲んだんだよ、ね」
 「え?あ、うん」
 「あれ造り方が秘密にされてる事、知ってる?」
 「…?
 「うん、聞いてるけど」
 「醸造法を知ってるのは村でも7人だけ。ここのご主人もね、その一人なの」
 「うん…?」
 「で、半月くらい前かな。ここの酒蔵にドロボーが入って…すぐ気がついたから何も
  盗られなかったんだけど、醸造手順のファイルが荒らされてて」
 「フレイムエールの?」
 「うん」
 なずなが頷く。
 「以来ね、ご主人とかおかみさんとか、私も、何か視線を感じるようになって気に
なってたんだけど…
 「今日のお昼過ぎ、階段の窓から、蔵を覗いてる人影を見つけたの」
 「ってそれ」
 橘は立ち上がった。
 「フレイムエールの製造法を狙う産業スパイ…?」
 おおっ、何やら大層な話に。
 「まさか、それ追いかけてたのかい 」
 「結局撒かれちゃったけど」
 「あっ…ぶないなアなずなちゃん 」
 「だって!」
 「気持ちはわかるけど…駄目だよ、戦闘用アビリティ持ってないんだから」
 服飾家がガラにもなく説教モードに入った時、
 ずばたん 
 部屋のドアが勢いよく開かれた。
 「ハナシは聞かせてもらった!」
 てりてりした原色の生地でできた、覆面付き全身タイツに身を包んだ人影が3つ、
コップを手に仁王立っている。
 「我々は正義の竜巻戦隊テクテクン!悪事の匂いを感じた以上、そのままには
  捨て置けぬっ!
 「スパイ探し、我々が手伝おう!!」
 力強く喋りながら、いちいちポーズを決める3人に、橘はこまった声を出した。
 「かえさんかつさん、蜜柑ちゃん」
 「何を言うかッ、正義の味方に個人名はない 」
 「だってソレ、こないだ僕が冗談で作った戦隊服じゃないですか。しかもどっから
  テクテクン…」
 「や、歩いて旅してるから」
 あっさり答え、紅於たちは覆面をむしり取った。
 「はあ」
 「とにかく、聞いた限りはほっとけないもの。手伝うわ♪」
 『聞いた限り』と言うか、『こんな楽しげなこと』って顔で、蜜柑が宣言する。
 「みんな…」
 「で、でも初めて会った人達にそんな面倒 なこと…」
 うろたえるなずなに、ヴォイサーはにっこり笑った。
 「だいじょーぶ、あたし達が手伝うのはたっちー。仲間だからね。
 「ほら、自分は手伝うぞってカオに書いてあるっしょ」
 「かえさん…」
 「えっちだから」
 「かつさん 」
 「だって、男の幼なじみだったら手伝わないんでしょ?」
 「もちろんです!」
 「ほぅらね」
 「う…」


 夜明け前。
 明かりは消されていて、うすれた半分の月だけが室内の家具の輪郭を
なぞっている。
 「…ヒマだねえ」
 酒蔵を三方見渡せる窓辺で、紅於はカーテンに隠れて欠伸をした。
 話が決まって簡単な打ち合わせのあと、交代で見張りを始めたのだが…
今の所何もないままだ。
 もうすぐ、夜も明けるだろう。
 居眠りかけていた桔梗の同意は、
 「 はっ、れすねえ。
 「…何がでしょう?」
 だった。
 「あー…ヒマだね、って。むこうも同じことゆってるかな」
 紅於は苦笑して、少し目を上げる。
 細い路地をはさんだ向かいの料理屋の二階には、なずなと橘が詰めている。
 そこは宿のおかみの従兄弟の店で、事情を話して協力を取り付けたのだ。
 もう一度酒蔵を見下ろし、ヴォイサーはかるく頭をゆすった。
 どこかから、犬の遠吠えが聞こえる。
 「いぬー」
 画獣方士が突然覚醒した。
 遠吠えの主が見えないものか、と窓から身を乗り出そうとする。
 「やめんか」
 ぱん。
 紅於にデコをはたかれた。
 「いひゃい…」
 「自業自得。
 「見張り中に目立つようなことしてどーすんの」
 「えうーごめんなさいいー」
 やれやれ。
 カリスマ・ヴォイサーは肩をすくめ、カーテンの影に戻った。
 しかし、やはりヒマだ。
 「ねえ、ききょさん」
 「はい?」
 退屈しのぎにしては興味津々な声で、画獣方士に話しかけた。
 「たっちーってさ、なずなちゃんが好きなの?」
 「あのヒト、女の子なら誰でもスキですからねえ」
 姉は悪気はないが容赦もない。
 「なるほど。重度のシスコンだしねー。
 「ききょさんがおヨメに行くことにでもなったら、たっちー泣きながら
  ウェディングドレス縫いそう」
 「はあ 」
 「それは当然でしょう。弟として」
 「わあ」
 急に後ろで声がした。
 橘が腕組みをして立っている。
 ってゆーか、当然なのか?
 「びっくりした、なんでいるの」
 「蜜柑ちゃんが代わってくれたんですよ。なずなちゃんが、どうしても先に
  休憩しろって聞かなくて。
 「こっちも、もうじきかつさんが来てくれるそうですよ」
 「あ、ほんと。じゃききょさん先に休んでいーよ」
 「わーい、朝ごはん何食べよかなー」
 「さっきかつさんが食べてた朝定食がおいしそうだったよ、姉さ…ん?」
 橘が不意にへんな顔をした。窓枠をつかんで身を乗り出す。
 2人も反射的にその視線を追った。
 蔵の向こう、料理屋の屋根の上だ。
 少しずつ白み始めている天に、
 道案内妖精がぴこぴこ踊っている。
 「あれはっ…
 「旧大陸に伝わる伝説の通信手段、手旗信号!!」
 「何それ 」
 「たっちー時々変なコト知ってるよね」
 「ゾ・ク・ヲ・ハ・ツ・ケ・ン…
 「現れたんだ 」
 目を蔵へ下げると、向こう端の壁際で影が動いた気がした。
 「行こ、たっちー!」
 紅於がドアへ突進する。
 橘は蜜柑に返信してから続いた。
 『リヨウカイ、ヒキツヅキカンシネガウ』
 「あたしは…」
 「姉さんは残ってて。連絡拠点が要るかもしれない」
 「あ、う、うん。気をつけて」
 ちょうど階段を上って来ていた桂と3人、そっと裏口から出た。
 賊の姿はまだ見えないが、確かに人の気配を感じる。
 影を拾って酒場裏の物置きまで移動し、様子を窺った。
 と、
 ぱたぱたぱた…
 軽い足音。路地の方から聞こえる。
 (この足音って…
 (ま、さ、か…)
 橘が凍った。
 蔵のすぐ横の木戸が開いて、なずながひょっこり顔を出した。
 (ちょっと待てえい )
 3人は心の中で涙をちょちょ切らせながら叫んだ。
 戦闘アビリティも持たない白魔法使いが、一人で賊と顔を合わせて
どうするって言うんだ 
 手順がメチャメチャだ。
 果たせるかな、賊の狼狽の気配が伝わり、ガタンと大きな物音がした。
 なずなを突き飛ばし、木戸を抜けて逃げ出して行く。
 「あっ!」
 「待…」
 すかさずスピーカーを構える紅於の口を、桂が慌てて塞いだ。
 「だ、駄目だって!近所迷惑だよ、まだ夜明け前なんだから」
 召喚士は気配りがきいている。
 「追います!」
 服飾家が駆け出した。
 裏通りに出ると、賊の黒い後ろ姿が東へと爆走していく。
 白魔法使いは、木戸のところでまだ座り込んでびっくりしている。
 「なずなちゃん!」
 助け起こしている橘の横を、紅於と桂が抜いて行った。
 「先行くよ!」
 「あ」
 目を戻すと、道の先で蜜柑が旗を振っている。
 「こっちこっち」
 「ナイス蜜柑ちゃん!」
 服飾家はひとつ指を鳴らし、再び駆け出した。なずながよたよた後へ続く。
 空から賊を追う妖精に案内され、4人は村を走り抜ける。
 じきに牧草地へ出た。
 広々とした風景に民家はなく、小さな農具小屋だけが夜明けの微風を受けている。
 もういいだろう。
 先行する紅於がスピーカーを構えた。
 「止まれ!!」
 よく響く声。
 賊の足がぎくりと止まった。
 そのスキに4人とも追いついた。
 「さあ、もー逃げられないよスパイくん」
 へーへー肩で息をしながら、桂がキメた。
 黒装束の男は体をよじって振り返る。
 存外若い。
 どころか、育ちの良さそうな爽やか系の美少年だ。
 背は中くらいだが細身で、成長途上の希望と危うさを感じさせる。
 目の輝きには、ひねくれたところがなかった。色は、まだ暗くてわからない。
 「あ…れ?」
 桂が目を丸くする。
 スパイとゆーのは影のある中年入りかけの男、と思っていた一同が
戸惑いから覚めた。
 「なに、知り合い?」
 尋ねる紅於に、桂は頬を掻く。
 「いや…えーと。
 「前にさあホラ、召喚獣と遊んでたら襲われてるって勘違いした剣士に
助けられちゃったって話したよね」
 「うん、聞いた。
 「…って…
 「もしかしてこの子がその剣士?」
 桂は不承不承頷いた。
 「うん。たしか、葵くんだよね」
 少年の肩がぴくりと動く。
 「そう言えば、君はっ!何て事だ、こんな再会をするとは…
 「それに!」
 黒頭巾をかなぐり捨てた。現れた黒髪は、みごとな艶を帯びている。
 紅於を指差し、
 「君はカリスマ・ヴォイサーだな!!そんな貴重職、しかも子供の癖に…
 「利益を独占する悪徳商人なんかに雇われて、恥ずかしくないのか 」
 『…は?』
 みんな口が曲がった。
 とりわけ紅於の。
 「誰が子供…」
 「何言ってるの 」
 抗議はなずなの叫びに打ち消された。白魔法使いの額には3つばかり
青筋が立っている。
 「何が悪徳商人よ!
 「利益じゃなくて、フレイムエールの品質を守るために、製造者が指定
されてるんじゃない!!
 「つまりウチは、良心的な酒造者って認められてるってことよ!
 「知らないの!?」
 「…へ?」
 今度は、葵の方が口を開ける。
 「あああもう、参ったよなあ」
 農具小屋の裏から、下品な声がした。
 「せーっかく扱いやすい小僧を見つけて、ラクしてひと儲けと思ったのによ」
 「あっさりつかまっちまいやがんの」
 「うまくいかねーよな」
 見るからにシーフな3人組が、だるそーに出て来る。
 「なっ…
 「扱いやすい小僧!?」
 剣士が凍りつく。
 「まあ、そんなとこだろうね…」
 紅於がボヤいた。
 「ってゆーかさあ、あんな胡散臭い奴らに瞞されるかなー」
 これは桂。
 「何を言うんだ、ひとを見かけで判断しちゃ…」
 「しっかり間違っといてゆーな」
 橘は背中から竹の物差しを抜き、少年の頬をつつく。
 「まあ…とにかく、バトルの相手はあんた達ってわけだよね?
 「そっちのがやりやすいやー」
 ヴォイサーは再び拡声器を手にした。
 「とりあえず、
「動くな!!」
 ぴしり、と命じる。
 が、
 けろりん。
 シーフたちは一行に動じない。
 「そりゃ何のマネだ?」
 「ああっ、お前達…
 「カリスマ・ヴォイスにかからないと、ひねくれ者の烙印を押されるんだぞ!!
 「そうかっ、やっぱり悪者はお前達か!」
 葵は変な納得の仕方をした。
 「さっきからそう言ってるじゃん…」
 桂がごそごそ水晶球を探りながら呟く。
 すっかり明るんだ空を見上げ、
 「蜜柑ちゃん、ききょさんにも来てもらっ て」
 「はーい」
 妖精はいいお返事をして道を戻って行く。
 「なずなちゃん。
 「君は、危ないから下がってて」
 橘は幼なじみにいートコ見せたいのか、やけに気合いの入った声で言った。
もう針を構えている。
 しかしなずなは、ピンクのスカートを翻して拒否を示した。
 やわらかそうなウエーブの髪をぶんぶん振る。
 「やだ、私も戦う!」
 「無茶だよ、戦闘アビリティ持ってないのに…」
 「でも、回復魔法は持ってるもの」
 「……」
 「どーして黙るのよ!?」
 とか言ってるヒマに、バトルは始まってしまった。
 一番背の低い奴が、与しやすいと見たのか白魔法使いに刃を振り上げる。
 「もらったあ!」
 「あっ…」
 がきん!
 肉厚のナイフは、すんでの処で長剣に留められた。
 「葵くん」
 「ごめん、僕のせいでこんな事にっ…」
 苦しげに言い、美少年剣士は盗賊たちに相対した。
 ドレッサーが舌打ちし、ばさりと黒のサージ生地を拡げる。
 「自己強化コマンド『ミシン』!」
 その足元に、足踏みミシンが現れた。
 続いてたたみかける。
 「アビリティ付与…
 「『くろまほうつかい』の服!」
 ばほ。
 瞬きの間にローブを縫い上げ、なずなに着せた。
 「MPはあるんだから、これで黒魔法使えるはず!」
 「ありがとたっちん!
 「えと、じゃ…
 「ファイヤーボールっ!」
 きぃん、と空気が鳴った。
 なずなの掌にエネルギーが集中する。
 かん・かん・かん…
 高まっていくテンションが宙に反響を起こす。
 「な…
 「なんだとォ!?」
 盗賊達が慌てた。
 葵が素早く飛び退がる。
 「さあ、どんどん行きますよ!
 「次かえさん、『ひかりのふ…』」
 橘はノリノリだ。
 …が。
 ぷしゅう…
 即席黒魔法使いの術は、不発に終わった。
 細い手の先で、集まりかけていたエネルギーがもろく散る。
 「あれ 」
 「ああッ、へっぽこはどうにもならないいいっっ」
 橘が泣いた。
 泣きながら次の服を縫い上げ、紅於に着せる。
 真っ白な、つやのある生地のドレスだ。
 「な、なんだ!眩しい!!」
 「あーかわいーV
 「たっちースキー♪」
 紅於はドレスにはしゃいでいる。
 「見たか、悪人には正視できない清浄なる光輝を!
 「ターゲット除外効果に加え、カリスマ・ヴォイスの発動率に+30のボーナス!
 「『ひかりのふく』だっ!!」
 今度は成功したのが嬉しかったのか、あるいは紅於の発言がなのか、服飾家は
頬を染めながら叫んだ。
 「…見えないんでしょ?」
 立て続けに3匹の召喚獣を呼び出しても、桂の声はいつも冷静だ。
 てなうちに、斬り立てられて剣士のHPが激減している。
 「あ、やば。
 「『ファイト一発 』」
 ヴォイサー&魔法不能職間のコンビスキルが綺麗に発動した。
 魔法不能職の残HPが10%を切った時にヴォイサーが一喝、5〜85%
(バトルごとにランダム)の確率で全回復させるという、敵にとってはかなり
反則な技である。
 ただし、ヴォイサーは(2+回復人数)ターンの間、行動不能となる。
 この場合は3ターンだ。
 さて、葵は全回復に成功した。勇躍勢いを取り戻す。
 そこらへんでおろおろしているなずなに再び襲いかかる賊は、服飾家が物差しで
鼻っ面を叩いて退けた。
 「うわ」
 と顔をしかめたと思ったら、
 「ハナヂついちゃったよ汚いな」
 ヒドい事を言う。
 バトルはくいだおれ一座に優勢となった。
 だが盗賊達もなかなかがんばる。
 「あーもー、めんどくさ…」
 紅於がぼやいた時、やっと桔梗の姿が見えた。すぐ横を蜜柑がふよふよ飛んでいる。
 「ないすたいみんぐ!
 「ききょさん来て!!」
 やっとこ走って来た方士が絵筆をつかもうとするのを押さえ、紅於は、
 究極の必殺コマンドを口にする!
 「『もぉ疲れちゃった』!!」
 ふしゅううう…
 その場にいる全員から、戦闘意欲や緊張や敵愾心がヌけた。みんな点目だ。
 バトルの強制終了。
 もう一つHPの伸びないヴォイサーと方士ならではのコンビ技である。
 これは失敗しても特にぺナルティは課されないのだが、場に気まずい空気が
流れてしまうのがちとイタい。
 成功してよかった。
 紅於はにっこり笑った。
 橘がもそもそ立ち上がる。
 いつも持っているバッグから丈夫そうな紐を出し、盗賊たちを縛り上げ始めた。
 それは、いいのだけれど。
 口はへの字、カオが凶悪度5割増になっているような…
 「あ、れ」
 桔梗がこまった顔をした。
 「橘、グレてるみたい…
 「もしかしてあのヒト、『ミシン』使ってました…?」
 「うん、使ってたよ。どして?」
 桔梗の問いに、紅於は首をかしげた。
 「えっとー…
 「あのコマンド、ぺナルティつくんです。素早さと一緒に、短気さも上がっちゃう
んですよー」
 「うーん…」
 思い当たるフシがなくもない。
 それに、だから『もお疲れちゃった』からいちばんに立ち直ったのかも。
 「ま・いっかー。
 「女の子には、当たらないんだよね」
 「ええ、まあ…」
 「おっけー」
 この話は済んだ、とばかりヴォイサーが笑う。
 ふと、
 「そいえば、ききょさんなんだか遅かったね」
 「あ。
 「すいません。はじめ南の商店街の方へ案内されて、でも誰もいないし…
 「聞いたら、朝陽が上ってくとこ見たって言うから、こっちかなって」
 「あー」
 なるほど。
 そうだった。蜜柑は…


 「別に背後関係もなさそでよかったね!」
 晴れた空に、浮き浮きと紅於が言った。
 あのあと一行は村役人に賊を引き渡し、宿に戻ってとりあえず爆睡した。
 で、翌日の朝…
 つまり今さっき、再び街道に出たのだ。
 「たっちー?」
 返事がないのを訝り、ひょいと振り返る。
 「…あ。は、はい。何でしょう」
 服飾家は、夢から覚めたような顔で問い返した。
 紅於がすこし笑う。
 「村に残りたかった?」
 「えっ。
 「あ、いえ…
 「……
 「僕はただ、なずなちゃんがもう、あんまり無茶しないといいなと…」
 「そだね」
 紅於は心の底から同意した。
 何と言っても、あのへっぽこぶりでは。
 「そ、それより、アレは一体」
 橘は、背後を指差した。少し離れて、葵がついて来ている。
 「ああ。
 「気がとがめて、何かできないかな、とか思ってんじゃない?」
 「マジメな子だからねえ」
 召喚士が言う。
 「はあ。どう、します?」
 「うーん。
 「そーだねー」
 紅於はひょいと腕を組んだ。
 「コドモとかゆわれた恨みはあるけどー、
 ま・悪い子じゃないよね」
 「ってことは…」
 「ついでだから誘っちゃおーか」
 「え、でも…
 「あんな正義オタクみたいな奴が、魔王様の所へお招ばれに行くのについて行き
たがるでしょうか?」
 服飾家が疑問を吐いた。
 男が増えるのを嫌がってるのがアリアリで説得力がない。
 「やー、でもさ。
 「あの子きっと、魔王は魔王って名乗ってるだけで、別に人に悪さしてるって
聞かないとか、名前だけで人を判断しちゃ駄目だとか言えば信じそうじゃない?」
 桂はスルドい意見を放った。
 「うわ、ありそう…」
 桔梗の同意。
 橘も反論が出ない。
 紅於は、朗らかに笑った。
 「よし、試してみよー♪
 「ねーえ…」



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