いんたーみっしょん 


 「魔王様ハ、今日ハ中華ヲオ望ミダ」
 ざわっ…
 ヨグムンドの言葉に、厨房の空気が大きく震えた。
 「中華…!」
 「中華ダッテ」
 「アアッ…」
 白いコックコートの群れに緊張が走る。
 料理担当のテディーズは、『あの日』を思い出して震え上がった。
 陽気で自信家で、ちょっとそそっかしいメリアンテ。
 赤っぽい茶色の布地で作られた彼は、中華の調理中にうっかり自分に火を
つけてしまった。
 そして、なにしろ布でできている。
 あっと言う間に炎上したのも、当然のことだっただろう。
 今度は、自分がああなったりはしないだろうか?
 皆の上に漂う不安を看て取り、ヨグムンドは立ち去ろうとした足を戻した。
 黒い蝶ネクタイをちょいと直し、ひとつ咳払いする。
 「アー…
 「残念ナガラ、過去ニ不幸ナ過失ヲ犯シタ者ハイタ。
 「ガ、皆ハソレヲ教訓ニ十分注意深ク行動シテクレルモノト思ウ。
 「我々ハ魔王タル方ニ仕エル者トシテ誇リヲ持チ、喜ビノウチニ働カネバ
ナラナイ。ワカルナ?」
 1のテディは、威厳をこめて仲間たちの顔を見渡した。
 「…テヤンデイッ」
 突然、鋭い声が響いた。
 奥の方から、一体のテディが進み出る。
 濃い茶色の12号テディベア、鉄火な気質のヴァンキスだった。
 腕はなかなかのもの、繊細な料理を作るのだけれど、性格はなんだかエドッコと
言われている。
 ちなみに、エドがどこにあるのか知っているテディはいなかった。
 「ドウシタネ、う゛ぁんきす君」
 じろりと当てられる視線にもたじろがず、彼はヨグムンドのすぐ前まで来た。
 居並ぶテディたちが、不安そうに視線を集める。
 びし。
 ヴァンキスは、まるい前肢をテディ頭に突き付けた。
 「アンタノ言ッテルコタア、オカシカネイカ」
 「ドコガダネ?」
 「俺ッチタチガ、魔王サマトヤラニ作ラレタッテノハイイ。
 「俺ッチハ覚エチャネエガ、現ニココニイルッテノハソウダカラナンダロウサ。
 「ケド、ダカラッテソイツハ、ソノ魔王サマノタメニ死ナナキャナラネエッテナ
   話ニナルノカイ 」
 「死ネト言ッタ覚エハナイガ。
 「十分注意スルヨウニ、マタ働クニアタッテ誇リト喜ビヲ持ツヨウニト…」
 「ケド実際、犠牲者ガ出タコトヲ魔王サマハ気ニシチャイネエンダ。
 「デナキャ、中華ナンテりくえすとシネエダロ 」
 ぎんっ。
 今度こそ、ヨグムンドの視線は強かった。
 さしものヴァンキスも、少しだけ腰を引いたほどだ。
 「オコガマシイ」
 彼はぴしり、と言った。
 「ソノ存在ノ始マリカラシテ魔王様オヒトリノタメニアル身デ、何ヲ自分ヲ憐レムノダ」
 「ナッ…」
 12号テディは怯んだが、そんな自分を恥じて一層声を励ました。
 「何言ッテヤガンデイ!!
 「生キテルモンガ、テメエノ命ヲ惜シンデ悪イワケガアルカヨ!?
 「ソレモタカガ、主人ダカナンダカノ、飯ノタメニヨ!」
 ぴくり。
 ヨグムンドのこめかみ(区別しにくいが)で、青い筋が膨れた。血は通っていない
はずだが。
 「君ハ、心得違イヲシテイル」
 「何ダト…」
 色めき立つ部下に氷のような視線を当て、テディ頭は自分の耳の反りを直した。
 「魔王様ハイカナル意味デモ我々ノ主人デアリ、君ゴトキニ何ダカ呼バワリサレル
   オ方デハナイ。
 「我々ハ、アゲテ魔王様ノヨロコビノタメニ働キ、カツ存在セネバナラヌ…ソコニ
   疑問ノ余地ハナイノダ」
 数歩進み出る。
 ヴァンキスの腕をつかんだ。
 「ナッ、ナニシヤガンデエ…」
 エドッコは抵抗するが、テディ頭の手は万力のようだった。
 「君ニハ少シ、教育ガ必要ナヨウダ…」
 ずるずる。
 ヨグムンドは、必死で足をつっぱるヴァンキスをひきずりながら厨房を出る。
 「ナニ言ッテヤガル、オイ…
 「ドッ、ドコ連レテコウッテンダ」
 「イイカラ来タマエ」
 「オイ、…」
 少しずつ調子の弱くなる声が遠ざかっていく。
 厨房のテディたちは、無言のまま顔を見合わせた。
 どの顔も、こう言っている。
 『マタヒトリ…』


 「ヨクワカッタネ?」
 穏やかな、満足そうな声。
 階段室の扉が開いた。
 【ヨグムンドの実験室】と仇名されている地下室だけへ通じる階段だ。
 ここへ入った者はわずかしかおらず、そのいずれもが反抗的な態度を見せていた
テディだった。
 そして、出て来た時には…
 「ハイ、よぐむんどサマ。
 「私ガ間違ッテオリマシタ。コレカラハ誠心誠意魔王様ノオタメニ働キマス」
 「ウン、ヨク言ッタネ」
 妙に抑揚のない声で喋るヴァンキスを満足そうに眺め、ヨグムンドは大きく頷いた。
 「ますたーハ君ノ料理ノ腕ヲ買ッテオラレル。更ニ励メバ、イズレ直接オ言葉ヲ
   イタダク事モアルダロウ」
 「ハイ、アリガトウゴザイマス。
 「ガンバリマス」
 「ウン。
 「デハ、今日ノ調理モハリキッテクレタマエ」
 「ハイ…」
 頭を下げるテディの耳の後ろには、小さなほつれができていた。
 ヨグムンドは、裁縫はあまり得意でない…


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