ちゃぷたー4・On The Way  


 「やー、おいしい街だったねー」
 「うんうん」
 「まったくです!」
 「発つのが惜しいくらいですねえ」
 腹をさする紅於に、他の3人もにこにこ同意した。
 なにしろ、ハラは膨れて街道は上天気なのだ。
 この、つくりのシンプルなヒト達が不機嫌でいるわけがない!
 「いい物手に入っちゃったし♪」
 桂がるりるり言った。
 懐からマイナスボールを取り出し、嬉しそうに陽にかざす。
 「前から使ってみたかったんだー。でも、つい投資効果に見合うかどうか考えちゃって」
 「ああ、そういうのありますよね。
 「僕も、【マッハの糸】買った時はめちゃめちゃ迷いました」
 「マッハの糸?」
 妙なアイテムがまた出てきたな、と紅於が聞き返す。
 「はい。
 「滑りがよくてほつれにくく、マッハで縫える!が謳い文句の縫い糸なんですが…」
 「高価いわけだ」
 「ええ、
 「消耗品にしてはずいぶんと」
 「ふうん。
 「で、それはつかえたの?費用対効果として?」
 「…痛いとこ突きますね、かつさん…
 「三年前に買ったものが、今でも裁縫箱の底に残っている、とだけ申し上げておきましょう」
 「あー」
 世の中そんなこともある。
 「…ん?」
 ふと、橘が遅れている紅於に気付いた。
 「どうしました、かえさん」
 振り返って尋ねる。
 「ふえー。
 「ノドドリンク3号、重いよー」
 ヴォイサーは両手で荷物を抱え、線目になっている。
 どうやら、アイテム技師の謝意はけっこう有難迷惑だったようだ。
 「ああ、じゃ僕がお持ちしましょう」
 服飾家はアピールチャンスを逃しはしなかった。
 「ほんとーありがとー」
 「いえいえ」
 にっこり笑う。
 が、なにぶん悪人面なので却ってうさんくさかった。
 「でも、ちょっと待ってて下さいね」
 はさ。
 自分の服の袖を振る。
 手の中に針セットが現れた。
 反対側の袖から糸、
 裾からは糸切り鋏が。
 どうやら、あちこちに裁縫道具が仕込んであるらしい。
 「奇術師かい」
 「いやあ、いちいち裁縫箱から出してちゃ時間がかかりますから」
 肩にかけたでっかいズック袋から、厚いキルティング生地を選び出した。
 「…?」
 何をする気かと訝る紅於と桂。
 疑問は、じきに解けた。
 ずばしゃー。
 ちくちくぷっつん、
 しゅるん。
 これだけで裁断・縫製・紐通しが終わり、橘は大きな肩かけバッグを縫い上げていた。
 「お預かりします」
 紅於の手からノドドリンクのビンを取り、それに入れた。
 「おー」
 「ぢゃすとさいずだー。さすが服飾家」
 おもわず拍手する二人に、橘は、
 『見るだけでサイズはわかる』と言いそうになったがやめておいた。
 それを女性に言って、ろくなことになった経験がない。
 「ところで…
 「これから、どこへ行きます?」
 かわりに尋ねて、みんなに白い視線を貰った。結果は同じだったな。
 「どこもなにも。
 「目的地目指すに決まってるじゃん。ギーシュの森。
 「エトナ行きたいんでしょ?」
 「いや、あの…」
 「何言ってんだかこのへんぺー足は」
 「かかかかえさん、どうしてそれをっ 」
 「どうしても何も、サンダル履きじゃバレバレだよ」
 「あうっ痛烈な盲点 」
 「……」
 「いや、それは、この際どうでもいいんです 」
 ドレッサーは無意味に特殊コマンド『玄界灘』を発動させた。
 ざっぱーん。
 「ああっ 」
 「荒海に乗り出す親父の手漕ぎ舟がッ!」
 しかもタライ舟だった。
 回っている。
 橘は思い入れたっぷりに目線を投げ、
 「問題は、あれなんですよ!」
 前方を指差した。
 道が二股に別れ、真ん中に行き先板が立っている。
 「右はモーロ村、左がラカルタの街」
 桂が読み上げた。
 「そう!」
 橘が力強く頷く。
 「エトナへは、どっちを通っても行けるんです。どっち行きます?」
 「えー」
 紅於はぱらぱらガイドブックをめくった。
 「ちなみにモーロはビール醸造が盛んで、ラカルタは吸血鬼伝説の残る古城が有名な
観光地です」
 服飾家、得意気である。ちょっと目が赤いのは、ゆうべなにか一夜漬けたのか。
 「えーどーしよー」
 「ビールかなあ」
 「でも、吸血鬼の城ってのも面白そうー」
 「うーんうーん」
 ちなみに、順に桔梗・桂・紅於・桔梗のセリフだ。
 「うーと。ビール派ー」
 紅於、村の名前なんてものはどうでもいいらしい。
 桂と橘が手を挙げた。
 「う?じゃあ、吸血鬼」
 更に省略がハゲシくなっている。
 こちらは紅於と桔梗。
 「ラチあかないねえ」
 手を下ろすヴォイサーが溜め息をつく。
 桂が、何か考えているうずうず顔をした。
 「ねーねーききょさん」
 「はい?」
 「『新約の書』、使ってみない?」
 とゆーのは、召喚士と画獣方士のコンビネーションスキルである。
 方士が『もうそう』で描き出したイメージを、
 召喚士が『きみとぼくのおやくそく』でマテリアライズ。
 二人共通の幻獣にする。
 「『リーディング』呼んでみたいんだー」
 「何それ?」
 尋ねる紅於に、桂が振り返った。
 「んとね、道案内妖精」
 「ほえ?」
 「気が付くと地図を作ってるっていう習性があって、人の道案内するのが
大好きな妖精だよ」
 「えー便利じゃん。どして今まで呼ばなかったの?」
 「んー。一人じゃ呼べないし。『姿』与えられるの、画獣方士だけなんだ。
 「それに、リーディングはちょっと、属性に問題あるんだよね…」
 「ほえ?」
 「風邪ひき妖精の別名持っててねえ。気温の変化に極端に弱くて、ちょっと
寒いとすぐ倒れちゃうんだよ」
 「わを」
 それはどうにもつかえない。
 「あー、だからマイナスボール」
 「そう!」
 ぱんぱかぱーん。
 召喚士は、カラフルに塗られた木球を頭上に掲げた。
 「じゃききょさん、『もうそう』してー」
 なんかへんな頼みをする。
 橘が、やけにキョロキョロ辺りを警戒し始めた。
 「どしたの、たっちー」
 「いや、動物が通りかかると、姉さん絶対妄想支配されちゃいますから。
道案内の妖精が喋れなかったら困りますよね…」
 「にゃるほど」
 と喋っている間に、座り込んだ桔梗は地面でひとり○×ゲームとか始めている。
 「姉さん…
 「まじめにやらないと、皆さんに迷惑だから」
 「えうー」
 「えうーじゃなくて。
 「ほら」
 橘は、姉の手に無理矢理紙とペンを握らせた。
 「だって集中力が持続しないんだもん」
 しかし方士は、まだ抵抗してみる。
 「三秒も?
 「それで済むと思うのかい?」
 弟がやけに冷たい口調で言った。ずっとこうやって、姉に巻き添え食わせて来たんだろうなあ。
 桔梗はしぶしぶ膝の上に紙を拡げた。
 口の中でブツブツ言っていたのが、だんだん歌になって行く。
 それにつれて手も動き始めた。
 「こんな感じ?」
 と、小柄な少女の姿を描き上げる。
 「上等」
 召喚士が受け取り、早速術に入った。
 かしゅん。
 精神値を増幅する水晶に添えたマイナスボールが、甲高い音を立てて蒸発する。
 前に突き出した桂の手の先で空気が歪み、向こう側の景色がすこし暗く、ぐにゃりと曲がって見えた。
 召喚士の唇は最後の一語を吐こうとする。
 「請来・…あ」
 一瞬、動きが止まる。
 「あー、なまえなまえ 」
 「え、えええっ」
 「名前って、そんな急に言われても…」
 「早く早く!」
 「えー 
 「えっとえっと、じゃ、じゃあ…蜜柑ちゃん!」
 「蜜柑ね、おっけー!
 「請来・蜜柑ちゃん 」
 も一つ真剣みに欠けるが、召喚術は成功した。
 よじれた空間が人型の影を生み出して収縮する。
 世界は徐々に元の姿を取り戻し、
 合わせて、影の輪郭がはっきりして行く。色もつき始めた。
 濃い目の茶髪は短いくせっ毛。
 グレーをあしらったパステルオレンジの短い上着の下に、裾長の白のインナー。
 スカートは玉子色、やわらかそうな生地のショートフレアだ。
 瞳が開いた。髪と同じ色をしている。
 唇が微笑を載せ、
 「はーいどーもーV
 「蜜柑でーす、ご指名ありがとう♪」
 …性格もやわらかいらしい。
 ちなみに身長は、人の3分の2くらいだろうか。
 それと重力を無視して宙に浮いていることを除けば、見た目は人と変わらない。
 「さあどこどこ、どこ行きたいの?言って言って私に言って」
 妖精は妙に張り切っている。
 橘がすかさずその手を取った。
 「いやあ、嬉しいなあ。こんな可愛いコが道案内してくれるなんて。
 「今日、宿に着いたら一杯どう?」
 「オヤジかキミは」
 「間違いなく」
 紅於と桂の鋭いツッコミ。
 「すいません、弟はでっかいので、小さいものがスキなんです…」
 桔梗はフォローになってないし。
 「それはともかく」
 ぎむ。
 紅於が、サリゲに服飾家の足を踏みつけて進み出た。
 かるくひねりも忘れない。
 「あう 」
 「一応ねえ、ギーシュの森ってとこが最終目的地なんだけど」
 「ギーシュ!?
 「や、やめた方がいいわよ、あんな危ないトコ…」
 「危ないの?」
 尋ねるヴォイサーに、蜜柑はぶんぶん頷いた。
 「だって、ディナリとかいう今売り出し中の魔王が、おっきなお城を一晩で
建てて住んでるって噂よ!
 「スノ・マータ城って名前ですって」
 …裏っかわ、木組みだけのはりぼて城なんだろか?
 「魔王の魔力の影響で、森がお城の周りから枯れ始めてるって言うんだから!」
 「うーん。
 「でもさあ、そこ、目的地だし」
 紅於がポニーテールの先っちょをいじりながら言う。
 「ええでも、ギーシュはほんとに危険…」
 「じゃなくて。
 「その、スノ・マータ城?そこ」
 桂が続けた。
 「…え?」
 「魔王に招待されてんの」
 ヴォイサーはリュックを探り、白い封筒を得意気に掲げた。
 「ほぉら」
 妖精は30秒黙った。
 「…まあ、そうよね…」
 なにか葛藤している模様。
 「どこ行くかなんて個人の自由だし、正式な招待状貰えば、できる限り出かけるのが礼儀だわよね」
 「そゆこと。
 「だってさー、『魔王』の『山海の珍味』だよ?興味あるじゃない?
 「きっとすっごいゴーカだよー!!」
 「なるほど」
 蜜柑はクリアに納得した。
 「ゲテモノでさえなければ、かなり期待できそうねっ」
 「う」
 紅於の洩らした呻きは、『そりゃ考えてなかったヨ・てへ』という響きを含んで雄弁だった。
 「…あははー」
 笑ってごまかすことにしたらしい。
 「あー。
 「そんでね」
 桂も、ちょっと頬を掻きながら道の先を指す。
 「今、道が別れててさ。どっち通ってもいいらしくて、どうしようか迷ってんの。
 「モーロかラカルタか希望が半々なんだけど、どっちがオススメとかあったら教えて
  くんない?」
 「モーロかラカルタね?
 「モーロのビールは有名よねー。幻のフレイムエールって知ってる?」
 誰も知らなかった。
 「あそこの特産で、アルコール度数58なんて数字を叩き出す非常識なビールなの。
 「タルの中では普通の色なのに、ジョッキに注いで空気に触れるとロゼカラーに変わる
  んですって」
 「だから炎?」
 「そうそう。
 「造り方はあの村のトップシークレット、お客だって『いちげんさん』には飲ませない
  ものだから幻って言われて、それがまた人気を呼んでるらしいわ」
 さすがにプロガイド(?)である。
 橘はこっそり何かの紙片を丸めて道端に捨てた。ポイ捨てはいかんぞ。
 「あとラカルタはね、吸血鬼が住んでたって言われてる古ーいお城が残ってて観光地化してるんだけど…
 「じ・つ・は 」
 蜜柑は、やけにニコニコ指を振った。
 「地鶏の薫製が隠れた名物なのよ♪」
 おおっ。
 4人が揃って息を呑む。食い意地のはりまくった連中である。
 「若鶏が成熟する瞬間を見切って料理にかかる、それを逃したらもうダメってこだわり方で、
  専門の見きわめ職人までいるんだから!
 「調味料も厳選、薫木の種類は勿論、調理器具の材質だって決まってるのよ。
 「完成までは一週間、その後はおいしさ長持ちで携帯食にも最適です♪」
 やたらいい調子だ。
 「…ラカルタから何か貰ってんの?」
 「えっ」
 なるほどプロガイド。
 桂の質問に、リーディングはひとすじ汗を流した。
 「まあ、いいけどさ。
 「んー、じゃ、そっちは『いちげん』とか関係ないんだよね?」
 紅於が腕を組む。
 「あ、え、ええ」
 「ど・する?」
 連れの顔を見渡した。
 「吸血鬼にしよう」
 ごく自然に桂が答えた。
 「そうですね、携帯できるっていうのも嬉しいし」
 桔梗はにこにこしている。
 橘が黙って頷いた。嬉しそうだ。
 ヴォイサーは破顔した。
 「よし決まり♪
 「案内ヨロシク 」


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