いんたーみっしょん 


 テラスに、小さな影があった。
 他に何も考えていないように無邪気そうな顔で、
 テディ頭がプランターや鉢植えに水をやっている。
 そこにいっぱいに植えられているのは、羊歯とか苔類とかの、あまり日光を必要としない
植物ばかりだ。
 どうにも華やかさに欠けるが、これはまあ仕方のないことだ。
 土地柄もあるし、
 それに、
 色とりどりの花に囲まれた魔王城、なんてものはちょっと問題がある。
 ほんとうは、彼はハーブを育ててみたかったのだが、魔王の威厳のため涙を飲むことに
したのだ。
 多分、聞いてみれば魔王自身はあっさり許可するだろうとは思うが。
 「ム」
 不意に、丸い肩がぴくりと動いた。
 視線は動かさないけれど、彼の注意は明らかにある一点に集中する。
 斜め右下、中庭に降りる階段の方だ。
 ごく小さな声が聞こえた。
 「よぐむんど様」
 「…ぼるしぇカ」
 「ハ、タダイマ戻リマシタ」
 あくまでも低く答えるのは、彼の腹心の部下、3号テディのボルシェだ。
 ヨグムンドはかすかに頷き、じょうろを置いてプランターに屈み込む。
 移植ごてで、羊歯の根元に土を寄せるふりを始めた。
 「デ、首尾ハ」
 こちらも低く尋ねる。
 「上々カト」
 「ヨロシイ、報告シタマエ」
 「ハッ。
 「きゅいじーなノ街デ、ゴ一同ヲオ見カケシマシタ。
 「ナンデモ強盗ヲツカマエタトカデ、ゴ活躍ガ噂ニナッテオリマシタ」
 って事は…
 もちろん、噂の主は紅於たちだ。
 ボルシェは、一行の様子を探るためにヨグムンドが差し向けた密偵だった。
 おおよその到着日時の見当をつけるため、
 また、
 もしも魔王に害を為しそうだったら、早々にお引き取り願う手段を講じるために。
 「きゅいじーなカ!」
 その名には聞き覚えがあった。
 魔王が、うっとり夢見るように呟いていたことがある。
 『一度行ってみたいものだ…』
 「ナルホド、ヤハリますたート気ガ合ウ方カモシレナイ」
 気か食い意地か。
 「シカシ…
 「強盗ヲ退治トナルト…」
 ヨグムンドは顔を曇らせた。
 「紅於サマハ正義ノ味方ナノカ?」
 魔王を退治しよう、などという意志を持ってやって来るのだろうか。
 「…」
 「ぼるしぇ?」
 すぐに返答がないので、けげんそうに首を傾げる。
 「イエ…」
 3号テディは慎重に言った。
 「私見デスガ、アマリソウトモ見エマセンデシタ。
 「ムシロ好奇心ト食欲ガ強ク、何デモオモシロガル方デハナイカト」
 「ソウカ…」
 テディ頭はうんうん頷き、少しほっとした様子を見せた。
 「トリアエズ、モウ少シ様子ヲ見ルカ。
 「移動速度ハ、速クナイヨウダナ?」
 「ハイ、アノ分デハ到着マデニマダ日ガカカルカト存ジマス」
 「フム…
 「人数ハ?」
 「ソノ時ニハ4人デシタ」
 「ソウカ」
 ヨグムンドが立ち上がった。
 「ゴ苦労ダッタ。厨房デ蜂蜜デモ貰ッテ一休ミシテクレ。
 「明日カラモウ一度出カケ、暫クゴ一同ニ
 ハリツクノダ。何カ変化ガアレバ知ラセルヨウニ」
 「ハッ!」
 空気が動いた。
 物音一つ立てず、3号テディの気配がかき消える。
 「ムウ…
 「見事ダ…」
 彼を密偵に選んだのは正解だった。
 ヨグムンドは満足げに、宙にひとつ鼻息を吹いた。


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