ちゃぷたー3・Magic Items


 今日も天気がいい。
 乾燥気味の街道には、4人の他にも人影がちらほら。少しずつ増えていくのは、
街が近いせいだ。
 すでに足元は、馬車の轍のついた石畳に変わっていた。
 沿道には丸い葉の常緑樹が規則的に並び、ところどころに小さな花壇がしつら
えられている。
 いっぱいに植えられた茎の細い白い花が、人が通り過ぎるたびにかすかに揺れた。
 そんな風景の中を、デコボコな4人組はぽくぽく歩いていく。
 彼女らが何だか幸せそーなのは、
 さっき出ていた屋台のタイ焼きに夢中でいるからだ。
 「ヒットだよ、これー!」
 紅於がにこにこ叫んだ。
 「ほんとですね、シッポの先までアンコがつまってるー♪」
 桔梗がうっとり同意する。
 「アンが甘すぎないのがまたいいよね」
 桂も異存はないようだ。
 ひとり、橘だけが無言だった。
 一行の最後尾を、うつむいたまま歩いている。
 「たっちー、どしたの。コレ気に入らないのー?」
 紅於が振り向いた。
 「えっ」
 はほはほ。
 涙目の服飾家が顔を上げた。
 慌てて後ろを向く。
 「いえっ、あのっ、おいしいです!皮も香ばしくて…」
 「…猫舌?」
 ヴォイサーは、ほしょりと呟いた。
 「うっ…」
 肩を縮める弟に代わって、画獣方士が無言で頷く。
 「…似合わない…」
 桂が、皆の気持ちを的確に代弁した。
 「まあまあ。
 「人間、欠点はあるって」
 「いや、欠点とまで言われると…」
 橘は、紅於のフォローにも不満そーだ。
 「えーっと…」
 桔梗がこまった顔をしている。
 弟がフキゲンになると、誰に八つ当たりするかって問題がある。
 話題を変えることにした。
 「と、ところで、
 「そう言えば魔王って、どこに住んでるんですか?」
 テキトーな問いを放ったが、それは案に相違してけっこう重要なことだった。
 ふつー最初に聞くのでは、と桂は思った。この姉弟、どこまでもアバウトだ。
 「んーとねー」
 紅於がリュックを探り、端の折れた招待状を出す。
 「ギーシュの森、ってとこ」
 「地図で調べたら、エトナって街のちょっと先だったよ」
 桂が補足する。
 「エトナの街…!」
 服飾家の肩が震える。
 「何、どしたの」
 「知ってるとこ?」
 「古くから毛織物で栄えてて、せんいのまちと呼ばれている軽工業都市です!
 「七夕が有名なんですよ」
 いち○みやか?
 「ドレッサー、服飾家なら誰しも一度は訪れてみたい場所…
 「ああっ、なんて幸先がいいんだ!!」
 橘は浮かれている。
 猫舌はもうどうでもいいようだ。
 指を折って数え出した。
 「エトナに着いたら、有名な露店街で生地を見て、
 「縫製工場も見学させてもらって、
 「草木染めも欲しいなあ。
 「ん。
 「そう言えば最近、縞木綿の復興を目指してる工房があるとか…」
 妄想モードに入ったようだ。
 紅於は判断よく、放っといて話題を変えることにした。
 「ねーねー、
 「もーすぐキュイジーナだねっ!」
 と言うのは、じきに着くはずの街の名である。
 「もー、すっっっごい!楽しみにしてたんだー 」
 桂に向き直り、しっかと拳を握る。
 「あーうんうん、
 「食道楽の聖地、キュイジーナ!レストランが180軒あるんでしょ!」
 友は早速乗って来た。
 「そう、それに70軒のカフェと50軒のケーキ屋と、あと、グラン・グラール
  の本店がある!」
 「グラン・グラール?
 「それも食べ物屋さんですか?」
 画獣方士が小首をかしげた。
 「あ、ききょさん知らない?
 「有名な魔法道具屋だよー。すごい独創的なアイテム作ってて、業界トップの
  シェアを誇ってるんだって」
 ヴォイサーはガイドブックを背中に回しながら教えてやった。
 「えー、おもしろそう」
 「でしょでしょ、行こうね!」
 どん。
 両手を振った拍子に、丁度横を歩いていた青年にぶつかる。
 「あ、すいま…」
 「うわー」
 焦った声がして、小さな木箱が地面に落ちた。蓋が開き、何かこまかいものが
バラバラ散らばる。
 「わ、わ」
 「あやや」
 やっとマイドリームから覚めた橘を含め、4人は慌ててそれを拾い集めに行く。
 手に取ると、カラフルに塗った小さな木の玉だった。
 「あ」
 桂は自分の拾った分を返しながら、嬉しそうに尋ねる。
 「これ、マイナス・ボール?」
 「あ、そうですよ。
 「よくご存知ですね、召喚士さんなんですか?」
 「うん!」
 「へえ…あ、すいません。ありがとうございます」
 集められた落とし物を受け取り、青年は軽く頭を下げた。
 輪郭のしっかりした、なかなかの美形だ。
 藍色の中衣に藤色で縁どった白の上衣を重ね、まっすぐな長髪を全部後ろで
まとめている。
 デコがせまい。
 「僕は櫟、グラン・グラールの開発主任です」
 誇らしげな自己紹介に、一同が目を丸くする。
 「えー、すごーい!」
 何にでも感動する桔梗が手を叩いた。
 「いや…」
 と困惑する様子を見れば、櫟、誇る割には照れ屋なものらしい。
 橘があほくさそうに肩をすくめた。
 「えーと。
 「皆さんさっき、うちの店の噂してました よね。
 「よかったら、ご案内しましょうか?僕、 彩色師の所から店へ帰る途中
なんですよ」
 勿論、4人に異存はなかった。
 一通り自己紹介と旅の目的なんぞが語られる。
 魔王の招待とそれに応える一同の豪胆さが称えられた(ほんとか)。
 「ねーところでそれ…
 「マイナスボール?って何?」
 紅於が、歩きながら尋ねる。
 「ああ…マイナスボールは召喚士さん用のアイテムで、召喚獣の対立アライ
メントを緩和する効果があるんです」
 「どゆこと?」
 「んとねー」
 桂が軽く指を振った。
 掌の上に小さな精霊が現れる。
 「ウィル・オ・ウィスプだー」
 「うん。コレ光の精だから、闇属性の攻撃や魔法に弱いじゃない」
 「うん」
 「でもマイナスボールを使うと、その辺がカバーされる…
 「つまりウィスプだと、闇属性の防御ステータスが上がるってわけ」
 「ふうん、便利だね!」
 「うん。だから高いんだよ」
 「それバラまいちゃったんだ…」
 改めて青くなる紅於に、櫟はひらひら手を振った。
 「大丈夫大丈夫、これくらい」
 「でも、それでどうしてマイナスボールなんですか?効果的にはプラスって
感じなのに」
 桔梗が嘴を入れる。
 「あっほんとだ。どして?」
 紅於も櫟に視線を向けた。
 「ああ。
 「いや、何のことはないんですよ。発明者名の[ミナス]を、売り出した者が
[マイナス]って読み違えて、それが定着しちゃったんです」
 「あやや」
 なんぞと喋くっている間に歩は進み、じきにキュイジーナが見え始めた。
 そんなに大きな街でもない。
 ゆるやかな丘の上に、身を寄せあうようにたくさんの店や家が建ち並んでいる。
 それでもゴチャゴチャした印象にならないのは、街全体が落ち着いた色合いに
統一されているからだろう。ちょっと、テーマパークっぽい非日常感がある。
 「小綺麗なとこだね」
 桂の言葉もそれを裏付けていた。
 櫟が微笑する。
 「なにしろこの街は、住宅より店舗の方が多いんじゃないかってくらいですから」
 「へえ…」
 「あ、いい匂いがしてきた」
 橘がちょっと立ち止まった。他の3人も鼻先を上げる。
 すんすん。
 「ほんとだ!」
 もちろん、食べ物の『いい匂い』だ。
 「えへ〜♪」
 4人は、期待に輝きまくる目を行く手に向けた。


 「すっ…
 「ごい人ですねえ」
 橘が、ヤケに力強く言った。
 混雑を極めるグラン・グラールの店内を見て、扉にかけた手を離す。
 「?
 「なに?もしかして、人混み嫌い?いろいろだねえ」
 「そうなんですよ」
 紅於の問いには桔梗が答えた。
 「この人、待ってるくらいなら帰るってタイプで…」
 「…小心者の上に短気なんだ。
 「厄介だね…」
 桂がボソリと呟く。
 「あう」
 またしても急所を突かれ、橘は踊るよーに倒れた。
 「あ。落ち着いちゃった」
 その姉が、ぽん・と言う。
 「落ち着いた…」
 あれはグレたと言うのでは、と紅於は思った。
 が、画獣方士はヘーキで頷く。
 「うん。
 「あーなると暫く動きませんから、とりあえず放っときましょう」
 「そうなの? 」
 この姉弟のペースは今イチつかめないが、折角だからそうする事にした。
 別段反対する理由もない。
 シクシクシク…
 とか路上から聞こえたのも、気のせいだろう。
 「じゃあ、まあ、どうぞ」
 櫟が道具屋のドアを開け放った。
 「ようこそグラン・グラールへ♪」
 「きゃーっっっ!!」
 その瞬間響き渡る、甲高い悲鳴!
 「は!?」
 櫟がコケる。
 「なになに、何事!?」
 ずだだだだ。
 慌てる紅於たちを突き飛ばし、女性客の一団が店から雪崩出て来た。
 「あー…」
 吹っ飛ばされた桔梗は、無事に弟の上に尻餅をついた。
 「ぐェ」
 ひしゃげた声がする。
 「一体!」
 一人だけ素早く難を避けていた櫟が、ちょっとだけ嬉しそうに店内へ目を戻す。
 汚いダミ声が聞こえて来た。
 「…ラ 
 「このねーちゃんの命が惜しかったら、さっさと金をそのバッグにつめな!」
 「ご…強盗!」
 「わかりやすー」
 桂が呟く。
 改めて店内を窺うと、中肉中背の小汚い中年男が、客らしきエプロン姿の女性の
喉元に包丁を突き付けて喚いている。
 片手はしっかり豊かな胸元をつかんでいる辺り、中々のちゃっかり者だ。
 そして…頼むから、ツバ飛ばすな。
 「ああっ…
 「あれは3丁目のおはるさん!」
 人質を見て櫟が叫んだ。
 「知ってる人?」
 紅於が尋ねる。
 「2本通りを渡った所に住んでる主婦の方で、うちの常連客なんです…」
 「主婦が魔法道具屋の常連客なの?」
 「なんかコワ」
 このやりとりに、人質が戸口の人影に気付いた。
 「ああっ櫟さん、助けて下さいな!」
 身も世もなく泣き叫ぶ。
 「なにィ櫟だア 
 「てめーか、ここの主任技師で、ご近所の奥様の人気bPとかゆー許せねー野郎は」
 それは確かに許せねー。
 いやそうでなく。
 どうやら下調べはバッチリ、強盗の声は一層険悪になった。
 「ちっ…」
 おはるさんをぐいと抱え直し、金の収められたバッグを店員からひったくる。
 「オラ、道を開けな!」
 バッグをオバサンがけにするし包丁をかざすし、たいへんに忙しい。
 「く、そ…」
 櫟が低く呻いた。戸口からどきながら、さりげなくスタンスをずらす。
 「やめとき」
 低い声がした。
 いつの間に来たのか、紅於のすぐ後ろに橘がいた。
 「何か心得あるらしいけど、見たとこ直接攻撃系やろ?今の状況じゃ人質が
危ないやんか」
 「し、しかしこのままじゃ…
 「ところで、どうしてさっきまでと口調が違うんです」
 「ああ?
 「男に丁寧に喋るかいな。口腐ったらどうすんや」
 「ちょっとちょっと。
 「そんな事はいいから」
 紅於が遮った。
 「早くどうにかしないと、逃げちゃうよ。
  たっちー、また服作るとか何とか…」
 「たっちーって… 
 「いや、だから、ヤですってば。あのオヤジに着せる服なんて、とーてい
考えつきませんヨぼかー。
 「僕のいんすぴれーしょんは、ただ女性のためにあるんです!」
 じりじり店を出る強盗のツラを見ながら、服飾家はほざいた。
 「竜人は?」
 「メスでした」
 「あ、あそ…」
 どうやって見分けたんだろう。
 紅於の視線でキモチがわかったらしく、橘は大きく胸をそらした。
 「本能でわかるんですよ」
 「モンスターにまではたらくの?…すごいね…」
 「いやあ、それほどでも。
 「それにホラ、こーゆー時こそね。かえさんの出番じゃないですか」
 と差す先に…
 「あ」
 ハンドスピーカー。
 なるほど。
 状況はまさにうってつけだ。
 「ぃよっしゃあ!」
 カリスマ・ヴォイサーは張り切った。
 すちゃ、と構えた拡声器が、きらりと陽に照り映える。
 まずはマイクテスト。
 「あーあー、テス。
 「天気晴朗やや風アリ。マイクテス」
 遠巻きに店を取り巻いている野次馬たちの視線が集まった。
 何だ何だ、と囁き交わす声がさわさわ聞こえて来る。
 紅於は小さく咳払い、大きく息を吸った。
 「ちょーっと…
 「待ちたまえ、強盗くん!!」
 びりびりびり。
 豊かな声量が、緊迫した空気の中に響き渡る。
 今しも店から出ようとしていた強盗が飛び上がった。
 「なあっ、何だア!?」
 それへヴォイサーがたたみかける。
 「無謀なまねはよすんだ、君のお母さんは泣いているぞ!」
 びしいっ。
 ななめ45度、ややアオリの体勢で決めつけた。
 ここですかさず、桂が召喚術を使った。さっきから呪文を唱えていたのだ。
 「…深き闇よりいで来たれ、っと…
 「ぅいっしょ!」
 人の思念に反応して幻を見せる幻獣カルバナ。
 ちなみにこの幻獣、目に見えない。そのため、術にかかっている者は傍目には
一人で騒いでいるようにしか見えないと言う悲しい特性がある。
 果たして強盗も、虚空に向かって呟いた。
 「か…母ちゃん…」
 「さあ、今すぐ人質を解放し、投降したまえ。今ならまだ未遂で済むぞ!」
 「う…
 「うわああああ 」
 強盗がいきなり叫び出した。
 どん!
 人質を突き飛ばす。
 「ごっ、ごめんよ母ちゃん!あやっ、謝るからぶたないで…わああ!」
 「…どーゆーお母さん?」
 オヤヂの狂態に、桂が呟く。
 強盗はもう包丁も放り出し、頭を抱えてうずくまった。
 しくしく泣いている。
 「ホレ行け」
 橘が、櫟を前へ蹴り出した。
 「な、何か気の毒な気もするけど、とにかくまあ…」
 と技師は腰を沈める。
 二歩で間を詰めた。
 そして泣きながら震えている強盗の延髄にチョップをくれた…
 所で、人垣の間から街の保安兵が顔を出した。
 「遅」
 紅於が、ぴしゃりとデコを叩いた。


 「いやあ、助かりました。
 「カリスマ・ヴォイサーと召喚士も、いいコンビですねえ!」
 騒ぎも収まり、一同は店の隣のカフェで事情聴取の順番を待つことになった。
 が、何だかみんな元気がないようだ。櫟の愛想にも誰も乗って来ない。
 「あの、どうかしました?
 「…やっぱり、お疲れでしょうか?」
 尋ねられると、4人は同時に答えた。
 『おなかすいた』
 いや、一人は『腹へった』だったが。
 「もー…
 「まだ待つのー?早くごはん食べに行きたいよ」
 紅於は左右に揺れながら文句をたれた。
 「ねえ」
 と桂に同意を求める。
 「ほんとだよ、せっかくキュイジーナなのに!」
 ボヤく2人の前には、ケーキの皿が4枚ずつ積み上がっていた。
 桔梗はちょっと遅れて今3個目になるフランボワーズ、その弟はこめかみを
抑えながら巨大なカキ氷を食べている。
 (大概にしろよ)
 5枚目のケーキ皿を重ねながら、櫟は思った。
 通りかかったウエイトレスに、お茶の追加を頼む。
 「えーと、それでですねえ」
 気を取り直し、懐を探った。
 「店長から、せめてものお礼にって預かって来たんですが…」
 出て来たのは、マイナス・ボールだった。
 「えー 」
 ちゃらららん♪
 どこからか、重要アイテムゲットのコール音がした。
 桂は急に元気になった!
 「それと、こっちは僕からのお礼です」
 続いてテーブルに置かれたのは、金色の液体の入ったビンだった。でかい。
 「なにこれ?」
 「僕が開発した、ノドの薬です。その名も【ノドドリンク3号】!」
 ちゃらららん♪
 再び音楽が入ったが、本当だろうか。
 「そのままっちゅーか、わからんっちゅーか…」
 橘がこりこり額を掻いた。
 確かに櫟、ネーミングにはアイテム製作ほどセンスを持っていないらしい。
 「あーあ、それにしても…」
 紅於がまたヘバる。
 「お腹すいたー」
 「えーと… 
 「じゃ、とりあえず、ピラフかサンドイッチでも取りましょうか?
 「僕おごりますよ」
 「えっほんと 」
 紅於・桂・桔梗、3人の瞳はお星様。
 が、端に座っていた橘だけが開きかけた口をへの字に曲げた。
 「やなタイミングだなあ」
 「?」
 低い声に、一同はその視線を辿った。
 「あ、どうもお待たせしましたー。
 「今度は皆さんの話を伺いたいので、お願いします」
 にこにこ声をかける保安兵を、3人はすごい顔で見たことだった。

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