ちゃぷたー2・On The Way  


 「とりあえず、どっち行くの?」
 玄関先で紅於が尋ねた。
 「んっとね…」
 招待状のリターンアドレスを確認し、桂は指先でとんとん地図を叩く。
 「ここんとこだからね、ほらギーシュの森って書いてある」
 「うんうん」
 「まず街道に出て、北だね」
 「なるほど 
 「やぱ魔王の根城ってゆったら北だよね!基本だね」
 「まったくだ。
 「じゃ、行こか」
 「うん!」
 というわけで2人は、かなりあっさり旅に出た。


 賑やかに街道に繰り出し、数十分。
 故郷の街を貫く川から次第に離れ、行き交う人の姿も見なくなって来た。
 「ねえねえ、どこでお昼ご飯食べる?」
 紅於が、楽しげに連れに尋ねた。
 まだ昼まで少し間がある。
 「うーん、隣のカーツタウンだと早いし、その次のメセナシティまで行ってると遅くなるよねえ」
 「じゃ、カーツでお茶してー、メセナでごはん♪」
 「そだね、そーしよ。メセナの方がお店多いし」
 「うん!
 「…ん?」
 元気に喋っている目の前に、急に影が立った。
 「うわ!?」
 「野良モンスターだ!戦闘準備 」
 2人はそれぞれ水晶球と拡声器を構える。
 「ちょっ…」
 影は両手をぶんぶん振った。
 「ちちち違います、人間です人間!!」
 「うそだ!だってでっかいよ!」
 びし、と紅於が指をつきつける。
 「〜」
 「あ、泣いちゃった」
 「小心者なんだ」
 「う」
 桂の鋭い指摘に、人影は胸を押さえた。
 「そ…そげなこつばどうでもよかとよ。
 「ちょっと伺いたいんですが…」
 と気を取り直すのは、でっかいが腰の低い青年である。
 なるほど、ちゃんと見れば人間だった。
 天パーらしい亜麻色の髪はウエーブしながら腰まで届いている。座高が高いんだから、けっこうな長さだ。
 顔立ちはそんなにマズくないのだが、どうにも目つきが悪くて損をしている。
 俗に言う悪人面というやつだ。
 灰色の長衣に若緑の上衣。肩布をゴールドの留め具で留め…
 素足にサンダルばきなのが、もしも水虫のせいだったらイヤだなあ、と2人は思った。
 「あ・申し遅れました。
 「僕は橘と申します。旅の服飾家なんですが、連れとはぐれてしまって…
 「こういう人なんですが」
 と懐から紙片を出す。
 「どれどれ?」
 人相書きだと思い覗き込むヴォイサーと召喚士。
 しかしそれは…そう呼んでいいのかどうかナゾだった。
 だって肝心の人相が描いてないのだ。服だけ。
 「人じゃないじゃん」
 今度は紅於がツッコんだ。
 「う…」
 橘は芝居臭くよろめいた。
 「そう、人みな弱点を持つもの…
 「僕は、
 「人物が、
 「描けないのですううう!!! 」
 どっぱーん。
 後ろに玄界灘の荒波が見える。
 「いや、しかし…しかし!
 「輝かしい未来のために、諦めてはいけない こんな僕だっていつかはっ…」
 諸手を宙に差し上げ、服飾家はうっとり語る。
 「なんか酔ってるし。へんなひと?」
 カリスマ・ヴォイサーがこそっと呟いた。
 「へんなひとだね…」
 召喚士が頷く。
 「へんなひとです」
 「わあ」
 いきなり横から断言されて、二人は10センチくらい跳んだ。
 見ると、長い髪の美女がにこにこ立っている。
 漆黒のまっすぐな髪こそ違うが、紫に近い瞳の色は橘と同じだ。
 ただしこちらは、表情や全体の雰囲気を表現するならば『ずばーん』な服飾家に対し、『ほよ〜ん』ってな感じ。
 やわらかい、おとなしそうなイメージはかなり違っている。
 服装はと言えば…
 黄で細く縁取ったシンプルな上着はボレロと呼ぶには半端な長さ、うすいミントグリーンのスカートの上に、
オフホワイトのエプロンのようなものを着けている。
 エプロン(?)の下の方には絵筆が数本刺さっているところを見ると、絵を描くヒトに違いない。
 「って、あ、あれ?」
 「さっきの絵の服?」
 桂が、まだポォヅをつけている橘を指した。 だんだん背景が書き割りくさくなって来ている。
 新たな登場人物は苦笑した。
 「はい、多分。私は桔梗、画獣方士で…あれの、姉です…」
 最後のほうは声が小さい。
 けれどこの自己紹介に、桂が嬉しそうな顔をした。
 召喚士と、絵に描いた動物を操る画獣方士との間には、コンビネーションスキルが発生させられる。
 「私、桂!召喚士だよん♪」
 「あ…」
 桔梗がやわらかく笑う。こちらも気付いたのだろう。
 「紅於だよ。カリスマ・ヴォイサーに認定されてるんだー」
 「ええっ、すごーい!」
 方士が叫んだ時、忘れ去られていた服飾家がのそのそ近寄って来た。
 「姉さん、いつの間に。すごい探したんだよ」
 姉に文句を言う。
 「えーいやー。
 「迷ってたら、こっちから何かテンションの高い声したから来てみたんだけど」
 「そしたらいた」
 「うん」
 「ふーん。まあいいか」
 どうやらこの姉弟、変に大ざっパな性格らしい。
 問題は何も解決してないのに、あっさり納得してしまった。
 いっけど。
 と思う紅於と桂も、神経質とは言えないだろう。
 「ところで、二人はこんなとこで何してんの?」
 ヴォイサーが、どちらにともなく尋ねる。
 「ああ…僕は、伝説の裁縫道具、【光速の針】を探して旅をしてるんです」
 「光速の針?」
 そんな伝説聞いたことないぞ。
 「ええ」
 だが橘は、重々しく頷いた。
 「服飾家の専用アイテムで、あらゆる縫い物を瞬時に済ますという至宝なんです。
 「前世紀の服飾界に名を馳せた製針匠ハヤダが、大地の底深くから掘り出した軽銀石
  を火竜の息吹で鍛え上げたと伝えられています。
 「その時彼が造った針は全部で7本だったそうですが、何本が現存しているのかは確
 認されていません」
 すげ嘘くさいんですが。
 「変な収集家とかの元にも行ってるらしいんですよね…本来、服飾家しか用のない
アイテムなのに。
 「服飾家以外が使っても制御できないんですよ。手がね、勝手に雑巾を縫っちゃう
んです。手近にある布地の限り。
 「なにしろ、試しに使ってみて、何億枚って雑巾を縫っちゃった生地屋さんがいたとか…」
 うわ。
 「それで一部では、呪われたアイテムとか呼ばれてるんです」
 「へ、へえ…」
 そらー確かに呪われとるわ。ヴォイサーと召喚士は思ったが、あえて口には出さなかった。
 更に話が長くなりそうな気がしたのだ。
 「じゃ、桔梗さんは?」
 今度は桂の問い。
 こっちの応えは短かった。
 「巻き添えです」
 方士はにこにこ隣を指す。服飾家が重々しく頷いた。
 魔王の招待客たちは思った。
 (やっぱ姉弟)
 「そちらは?旅支度でどちらへいらっしゃるんです?」
 橘が尋ね返して来た。
 「私たち?んとねー…」
 紅於が言いかけた時、四人の横手で茂みが鳴った。
 また誰か登場かと、一同振り返る。
 めり…
 いっぱいに葉をつけたニセ銀杏の木がきしんだ。
 幹の地上3mにかけられた、巨大な、緑色の…前肢。
 「あれって… 」
 桂がいやそーに呟く。
 そのまま木をなぎ倒し、5m級の竜人が3体現れた!
 先頭の一頭はひどく興奮している様子で、目が血走っている。
 よく見るとヒゲの片方が、途中でぷっつり切れていた。
 「くっ…
 「まいたと思ったのに!」
 橘が舌打ちした。
 『お前かい!!』
 残りの三人の声がハモる。
 「いやだって、竜人のヒゲは弓弦にもなるくらい丈夫で…」
 「ンなこと言ってる場合じゃないって!」
 桂は再び水晶球をつかんだ。
 桔梗が絵筆を抜き出す。
 紅於の手にはハンドスピーカー。
 「来るよ!」
 「しょーがないなあ…」
 橘は懐を探っている。
 平時なら『そーじゃねェだろう 』のツッコミとハリセンを貰うところだ。
 が、もちろんそれどころじゃない。
 竜人の視線が、一番手近にいた桂に向けられる。
 召喚士は口の中で何か呟いている。呪文に違いない。
 水晶球が清冽な輝きをのぼした。
 「請来・白風虎!」
 桂の手元で光条が弾けた。
 あふれ出した光は一瞬で収縮し、大きな白い虎が姿を現す。
 使役獣の咆哮は大気をびりびりと震わせて高い天を貫いた。
 「さあはりきれ、白風虎!」
 召喚主が敵を指す。虎は長い尾で地面を打ち、信じられない敏捷さで跳んだ。
 ざざざす!
 巨大なモンスターの太い爪が、3本ばかり折れ飛んで地に突き刺さる。
 「うわあ〜」
 とにかく動物のスキな画獣方士は、大きく拡げた紙に絵筆を走らせながら嬉しそうに虎ばっかり見ている。
 それへ2頭目のモンスターが襲いかかる。 いいタイミングで画獣が完成した。
 こちらは、真っ黒な…
 兎だった。
 ただし、体長7mの。方士のよそ見のせいでちょっとデッサンが狂っている。
 兎はくるりと竜人に背を向けた。
 前のめりに低く構える。
 ばよいぇん。
 モンスターは強力な後肢に蹴り飛ばされてお星様になった。
 この間、紅於は
 「テス、テス」
 拡声器の調子を確かめ、おもむろに
 「あー、そこの野良モンスターに告ぐ」
 張りのある声で呼びかけた。
 竜人がぎくりとたたらを踏む。
 「我々を襲撃しようなんて考えは直ちに捨て、
 「いますぐ!
 「どっか行っちゃってくれるように!!」
 スピーカーは余程性能がいいものらしく、音割れもハウリングもなしにカリスマ・ヴォイサーの声を伝える。
 モンスターの目線が震えた。
 (つかみはおっけー!)
 紅於が鼻息を吹く。
 が、怪物は返すはずの踵をずいと進めた。4人へ向かって殺到する。
 カリスマ・ヴォイス発動失敗の巻。
 『わーっ!』
 一同の涙がちょちょ切れた。
 虎はまだ手が離せない。
 兎が立ちはだかろうとするが、竜人はその体をすり抜けた。
 画獣がすうと宙に消える。
 「効果切れ… 」
 「早!」
 「ってゆーか一人サボってる!!」
 まさに阿鼻叫喚。
 そこへ、
 「ふーできた」
 地べたで、呑気な嬉しそうな声がした。
 布地を抱えた服飾家が立ち上がる。
 「ぃよっこい…
 「しょお 」
 ぶぁさぁっ…
 一瞬、逃走しかけていた3人の上に影が落ちる。
 しーん。
 何も起こらない。
 『…?』
 3人は恐る恐る振り返った。
 そして、それを後悔した。
 竜人は全然げんきだ。
 座り込んで、花を摘んでいる。
 そっと、そうっと…
 純白のエプロンドレスを身にまとい、
 世にも幸せそうに。
 「花冠編みはじめたよ…」
 「…結構、器用?」
 フリルの裾から覗くごっつい爪を見つめたまま、紅於が呟いた。
 「やー、これが服飾家の能力で」
 橘が、余り糸を巻きながら笑う。
 「服に象徴される職業特性を、着た者に付与するんですよ」
 「職業…?」
 「ええ」
 服飾家は誇らしげに頷いた。
 「あれは作品czの8番、題して《草原に夢見る少女》ってトコですかね!」
 「はあ」
 言い切られてしまったので、ヴォイサーと召喚士は頷くしかなかった。
 桔梗が黙って二人の肩を叩く。
 そこへ、桂の召喚した白虎が敵を倒して戻って来た。
 残る一頭、ヲトメな竜人はひらひら飛んで来た蝶を追ってどすどす駆け去って行く。
 「と、もかく…」
 「戦闘終了?」
 召喚士は自分の倍くらいある頭を撫で、幻獣を戻した。
 橘が紅於に視線を移した。
 「それで、貴方がたはどこへ行くんですって?」
 関心が元へ戻ったもよう。
 「あ?
 「あ、そっか。
 「うん、私たちねえ、魔王の所へ行くの」
 明るく答える紅於。 
 今度は、方士と服飾家のアゴが下がった。
 「まっ…
 「魔王ォ!?」
 目を丸くする姉弟の、表情の作り方はさすがに似ている。
 「…って…
 「倒しに、ですか?」
 物好きな、とでも言いたげに尋ねるのは橘の方だ。
 「んーん」
 紅於はぷるぷるかぶりを振る。
 「ごはん食べにおいで、ってゆって来たから」
 「おともだちなんですか」
 桔梗の目には、幻の珍獣を見るような賞賛と奇異の色が現れている。
 「んーん。
 「会ったことないよ?」
 もっかいぷるぷる。
 「でも招待状来たから」
 「はあ」
 画獣方士が点目になった。
 服飾家は、黙ったまま何か考えている。
 やがて口を開いた。
 「あのう…
 「それ、僕たちも連れてってもらうわけに行きませんか?」
 「えー!?」
 姉がムンクになった。
 が、弟は気にしない。勇んで続けた。
 「魔王って財宝に詳しそうですし、針のありか知ってるかも」
 「んー、いーよ。6人連れて来ていいって話だから」
 カンタンにOKが出た。
 「ありがとうございます!」
 「…たち?」
 方士はおそるおそる弟に目を向ける。顔色が悪い。
 「たち」
 服飾家はきっぱり繰り返した。
 文句や疑問の余地を疑いもしない明快さだった。
 そして拳を振る。
 「そうと決まれば、行きましょう 」
 「…たち…」
 桔梗の視界が、ふうと黒くなった…
 「わあ、姉さん!」
 「どしたの!?脳貧血!?」
 「いやこの人、気分で倒れる時あって…」
 「……」


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