Running Powerful Gags!! 
                                     みなみ なみ



 カリスマ・ヴォイサー。
 は職業(クラス)上、特異な存在である。
 単体での職業特性(アビリティ)を一つとして持たず、HP・腕力・知力・素早さ…
あらゆるステータスは、すべて本人の資質以上に伸びることがない。
 魔法を習得した時点でヴォイサーとは呼ばれなくなるので、MPは必ずゼロ。
 武器や防具も、ほとんど装備できない。
 と言って、身一つで戦うというのでもこれまたない。
 言うなれば…
 『声一つ』で『戦わない』、『職業?』なのである。
 他者の意志を自分に従属せしめる『奇跡の声』の持ち主。
 いかなる職業からの転職も不可能、ただ天与あるいは偶発的な後天的資質の獲得によって発現する人格特性。
 それが、カリスマ・ヴォイサーだ。
 当然、たいへん数が少ない。
 現在認定されている(BY稀少生物保護委員会)ヴォイサーは僅かに5人。
 そして…
 その一人、紅於(かえで)から話は始まる。






ちゃぷたー1・ a Letter In The Bottle


 ある晴れた朝。
 「速達でーす♪」
 U便屋さんのいい調子が響いた。
 「ふぁーい」
 劣らずよく響く声が応える。
 とてとて玄関に向かう足音がした。
 レベル12、年は17才だが14そこそこにしか見えない童顔のヴォイサーが、ドアを開けて顔を出す。
 大きく肩を抜いた紅の衣装が揺れ、小さな膝小僧を覗かせた。
 「ふぉふろーはまー」
 彼女はちょうど串つきフランクフルトをかじっていたが、にっこり笑ってU便屋さんをねぎらった。
 去っていく赤い自転車に手を振ってからドアを閉める。
 手の中に、フランクフルトの串と、今届けられた手紙が一通。
 それは、しっかり栓をしたビンの中に収められていた。
 「海に流せよ」
 紅於は呟いた。
 どんぶらこっこすっこっこ。
 島影も見えない波間に、手紙の入ったガラスビンがあてどなく漂う…
 空は青く太陽は輝き、遠く雲がかすむ。
 金色の瞳は、そんな幻を見た。
 「そんで最後には、やっぱ南の島の白い砂浜とかに流れ着くんだよねー。
 「んー、小さなロマン?」
 けれどじきに、それじゃ環境破壊かなと思い直した。
 環境破壊はいけません。
 「ちょっとだけ夢を見たねえ」
 栗色のポニーテールを振り振り差出人名を見る。
 流れるような書体で、
 『魔王』
 「…は?」
 眉が寄った。
 そんな知り合いいたっけ。
 「んー?」
 とにかく居間に落ち着き、中身を出してみることにする。
 ごみ箱に串を放り込み、ソファにとすんと腰かけた。
 ビンのコルク栓に手をかける。
 ところが、これが開かない。
 ワイン用のコルクスクリューを出して来たが、それでも栓はびくともしなかった。
 「むー
 「くー
 「きー」
 ぜいぜい。
 真っ赤に顔を火照らせ、紅於は肩で息をした。
 頭に来た。
 トンカチを持ち出す。
 「これでどーだー!」
 と、ビンの腹へ打ち下ろす。
 きいぃん…
 澄んだ音がひびいた。
 だけだった。
 ヒビ一つ入らない。
 ガラスに見えるが、めっさ丈夫だ。
 いや丈夫はいいが、中身が出ないっつーのはいかがなものか。
 差出人、『魔王』は何を考えてこんな梱包にしたんだろう?
 「どーしろと」
 呟いた時、玄関から声がした。
 「こんちはー」
 友人の召喚士、桂。彼女は、
 『自分の召喚獣とタワムレていたら、襲われてると勘違いした通りすがりの剣士に

助けられてしまった』という過去を持っている。
 ちょっとトホホだ。
 「いらっしゃーい。
 「居間だよー」
 「わかったー」
 勝手知った調子で入って来る足音がした。
 ドアが開き、丸縁のメガネをかけた顔がひょいと覗く。
 「はい、お土産」
 「わあい豚まんだーV」
 「何してたの?」
 長い金色の髪を揺らしながら室内に入って来た。
 服装はと言えば…
 青の長衣の上に緑のチュールを重ね、金色の大きなリボンや同色のコサージュでアクセントをつけている。
 そしてベルトに下げた小振りなクリスタル球。
 どっからどう見ても魔法職、という正統さだ。
 さて、紅於は豚まんを頬張りながら眉の端を下げた。
 「んー。
 「何かね、ビンに入った手紙が来たんだけど開かなくてー」
 「ふぅん?」
 「これ。『魔王』様からだって」
 「はあ?何それ…」
 桂はビンを受け取り、しげしげ眺める。
 とたんに、
 「わ」
 ぱか。
 ビンは気持ちよく縦に割れた。
 入っていた封筒が、桜色の絨緞の上にぱさりと落ちる。
 「をや?」
 緑の瞳がちょっと丸くなる。
 「えー、何で?何で??」
 「魔法、かな?」
 召喚士の手の中、綺麗に二つに別れたビンの割れ口はうす青く輝いている。
 「魔力持った人が触ると開くようになってたんじゃない?
 「多分、魔法錠ってヤツだよ」
 「えー。ヴォイサーに出す手紙で?」
 「だってヴォイサー、トモダチ多いから。魔法使えるヒト絶対身近にいるって」
 「んー?」
 紅於が首をかしげた。
 「でもでもさ?
 「U便屋さんが魔法使いだったらどーすんの」
 「いや、あんまりいないと思う」
 苦笑しつつ、桂は封筒を拾い上げて宛名人に渡した。
 紅於は早速それを開けてみる。
 中にはカードが一枚。
 『ごうかな招待状』
 表書きがいきなりイタかった。
 「あっはっは、かっこいー 」
 膝をぱんぱん叩きながら開く。
 真っ赤なバラの花弁がはらりと落ちた。
 雪白のカードにはバラの透かしが入り、そこだけほんのりと紅がかっている。
 「趣味がいんだか悪いんだか」
 呟いて、ヴォイサーはロイヤルブルーの文字を目で辿り始めた。
 いわく、
 『親愛なるカリスマ・ヴォイサー諸君へ。世に稀なる存在たる君たちと親しく語らんことを欲し、かかる状を送る。
  ご足労ながら、我が華麗なる王城に是非ともご来駕のほど、右ご招待申し上げる次第。
  殿堂を満たす豪奢、山海の珍味を取り揃えた魅惑のテーブルは、必ずや諸君のお気に召すものと信ずる。
  なお、申し訳ないがお連れは6人までとして戴きたく…
   魔王ディナリ・ハーライド
(花押)
 「おいおい…」
 イタい。
 イタすぎる。
 魔王を名乗るよーなモノマニアに招待されて、
 『わあいありがとう 』
 ってひょいひょい出かけるヤツがいると思ってるのか 
 桂はこめかみを押さえた。
 青い長衣がさらりと鳴る。
 が次のシーンは、招待状より劇的だった。
 紅於が、
 なんか、
 るふるふしている…
 ヤな予感。
 「んー。
 「行ってみよーっと♪」
 「な
  なにいぃぃ!?」
 召喚士はぶっ飛んだ。
 い…いたよ。ひょいひょい出かけるヤツ。
 「面白そうだし」
 「ちょっ…
 「いや、
 「あの…
 「やや、やめときなよぅ。だって、魔王だよ?」
 「うん。だからー、
 「『山海の珍味』ってあたりに、迫力あるよね 」
 わを。
 桂はデコを叩いた。
 それはそうかもしれないが、問題はそこじゃない。
 「いやだってかえちゃん…
 「何かの罠とかだったらどーすんの」
 「えー、何のー?」
 「わかんないけど。
 「珍しいカリスマ・ヴォイサーを、自分の手下にしちゃいたい、とか」
 言ってはみたが、桂は自分でもその線はなさそうに思った。
 誰かの手下になんてなったら、それはもうカリスマ・ヴォイサーじゃないのだ。
 けどまた、正義を掲げて冒険中ってわけでもない平和なヴォイサーを、わざわざ魔王の方から
呼び寄せてやっつけようとするなんてのも考えにくい。
 いやしかし、何の理由もなく招待状を寄越すだろうか?
 魔王はヒマなのか?
 まあ、それはありえない事じゃないかもしれない。長生きそうだし。
 ああでも。
 だからって。
 本当に『一緒にゴハンしよー』ってだけなんてアリだろうか。
 「うーんうーん」
 桂は混乱して来た。
 どう考えたらいいのかわからない。
 「ん」
 ふと見ると、紅於はぱたぱた走り回っている。
 「何してんの?」
 「旅の準備♪」
 膨れたリュックの口をぎゅうぎゅう締めながら、ヴォイサーは明るく答える。
 白いマントを肩に留め終わった。
 「ってわけで、行ってくるから」
 じゃっ。
 と右手を挙げる。
 「ちょ、ちょっと待った…」
 召喚士は焦ったが、危ないと止めて聞く友ではない。
 どうしたものか。
 「うう…」
 迷う。
 「……」
 迷う。
 「…はあ」
 決心がついた。
 「30分待ってて。支度して来る。
 「私も行くよ…」
 桂は、しんせつな奴だった。

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