いんたーみっしょん 


 空気はひえびえと重かった。
 まだ昼間だが、枯れた森の上には低く雲が垂れこめて暗い。
 皺ばんだ腕を祈るように天へ差し上げ、木々が声もなく立ち尽くしている。
 それはまるで、運命を嘆く以外に力を残さない囚われ人の群れのように見えた。
 陰欝な大地には動くものの影もなく…
 鈍色の静寂の中、
 荘厳華麗な城壁が、
 やたらめったら浮いていた。
 全体のフォルムはゴシック様式に近い。
 白を基調に金線銀線を這わせ、窓にはステンドグラス、柱には透かし彫り。
 悪趣味のギリギリ一歩手前的な装飾ぶりである。
 なんとこれが…

 魔王城。


 「…ふむ」
 窓辺で、黒衣の人影が鼻を鳴らした。
 闇色の長髪と瞳、何よりも雰囲気。魔王に相違ない。
 手にしていた白い書箋を、重厚なマホガニーの机の上に置く。
 ゆったりと室内に向き直り、椅子の背に手をかけた。
 「…ふっ」
 小さな笑みが洩れた。
 平静を装おうとしているが、抑えても振り払っても頭上に四分音符が浮かび上がる。
 「ゴ機嫌デスネ、ますたー」
 足元から声がした。
 身長70センチくらいのテディベアが、まるい頭の上に小ぶりな銀の盆を捧げ持って控えている。
 「ヨグムンド」
 魔王は小さな使い魔を見下ろし、盆から飲み物のグラスを取った。
 「えっちクサイ笑イ方ヲナサッテオイデデシタ」
 「ヨグムンド…」
 「お前は私に20年来仕えてくれているが、口の自由な事と言ったらないな」
 「ハア。
 「デスガ、ワタシハますたーガコノ器ニ魂ヲ封ジラレタ使イ魔デス。
 「ツマリ、ワタシノ性格ハますたーガオ与エニナッタモノデゴザイマスヨ?」
 まんまるな手が、抗議の意志を示して振られる。
 もちろん迫力はない。
 「それは、ちょっと呪文を間違え…
 「いや、まあいい」
 前髪をかき上げ、魔王は気を取り直した。
 机の上に視線を移す。
 「よい知らせが来たのだよ。
 「ヴォイサーの紅於ちゃんが、私の招待を受けてくれるそうだ」
 「最後ノ一人ハあたりデシタカ。ヨロシュウゴザイマシタ」
 「うむ」
 満足そうに頷いた。
 他のカリスマ・ヴォイサーたちにもひととおり手紙を出したのだが、3人は
音沙汰もなく、やっと1人が断りの手紙をよこしただけだったのだ。
 一般的に言えば当然の反応かも知れないけれど、招待主にしてみればやはり
これは面白くない。
 『最近の若者は礼儀を知らない』なんて愚痴も出ようってものである。
 「まあ…
 「カリスマ・ヴォイサーと雖も、呼称だの外形だの、また周囲の雑音だのに
惑わされずに公正にものを見、
判断しきるのは難しいということなのだろう。
 「紅於ちゃんは、それができる器であるわけだな」
 魔王は、真実を知らない。
 紅於がどうして魔王の招待を受ける気になったかを。
 「ハア」
 主より余程リアリストのテディは、あまり気乗りしない様子だ。
 「おまけに、だヨグムンド。ヴォイサー年鑑によれば、彼女は可愛い系の
   ぴちぴち17才だそうだぞ。
 「楽しみだな!」
 勝手なドリームまで入り、もう魔王は止まらない。
 そしてヨグムンドは、無駄な努力をするタイプではなかった。
 素直げに頷く。
 「サヨウデゴザイマスネ。
 「ソレデ、紅於サマノゴ到着ハイツデショウ?ゴ人数ハ?」
 「ん」
 魔王は書箋に目を落とし、暫し沈黙した。
 よく思い返す。
 「…書いてなかった」
 「ハア」
 「まあとにかく、いつ着いてもいいように 準備しておくのだ。人数は7人より多くはならぬだろう」
 「畏マリマシタ。
 「シカシ…紅於サマハ、ウッカリナ方デゴザイマスカ?ますたート気ガオ合イニナリソウデゴザイマスネ」
 「…ヨグムンド…」
 「ハ、退ガラセテイタダキマス」
 テディは銀盆を脇に抱え、きっちり30度のお辞儀をした。

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