光の杖(WJ封神演義・天化×太公望)



八章 それぞれの思い


 慌ただしい空気が人々を炙っている。
 いよいよ、仙界全体を揺るがす大戦が始まるのだ。
 豪快にも島ごと侵攻を開始して来た金鰲に対抗すべく、崑崙山の
整備が急ピッチで進められる。
 そして…
 血の止まらない呪いの傷を抱え、天化はまたしても戦線から外さ
れた。
 焦燥が、
 彼を灼く。
 これからますます苦労するだろう太公望の役に、自分は立てない
のだろうか?
 テントの陰で岩にもたれ、黄家の次男は一人フテていた。
 「ちくしょー…」
 替えたばかりの包帯を押さえて毒づく。ふと足音に気付いた。
 「?」
 目を上げると、楊ゼンが立っている。
 「やあ、天化くん」
 天化はちょっと困った顔をした。
 太公望との一夜以来、彼とはどうも顔を合わせ辛い。
 どうも、心なし視線が冷たいような気がするのだ。
 「具合はどうだい?」
 「別に…戦えねえほどじゃねえ」
 穏やかな天才道士の問いに、視線を落とした。
 黄色っぽい砂が、風に運ばれて地に波を描いている。
 楊ゼンは天化の横、岩の上にすとんと腰を下ろした。
 「僕はね、天化くん。君よりずっと師叔を理解してるよ」
 いきなり言い切られて、天化は困った。否定できないから始末が
悪い。
 「よ…」
 ぺち。
 口を開く剣士の顔に、風に折られたバンダナがはりついた。
 楊ゼンが、笑いながらはがすのを手伝う。
 それから表情を改めた。
 「…師叔はね」
 静かな口調だった。
 「自分が傷ついても皆を守ろうとする。
 「でも、もし他に方法がなくて、どうしてもそれが必要なのだっ
  たら、
 「あの人は…僕らを殺すよ」
 「楊 さん…?」
 「そうして、後で…
 「…一人で泣くんだ」
 木々が同意するように鳴った。彼らは、それをずっと見て来たの
だろうか。
 楊ゼンは小さく溜め息をついた。
 「今師叔は、君を殺す必要がない…死なせたくないと思ってる。
 「だから、師叔を…
 「前にも言ったね。悲しませるような真似は、許さない」
 声にこめられた複雑な思いに、天化は岩から身を起こした。
 天才道士の整った顔を見上げる。何も言えなかった。
 沈黙する二人のもとへ、立ち働く人々の騒めきが伝わって来る。
 「楊ゼン、楊ゼンはおらぬか?」
 太公望の声が聞こえた。
 楊ゼンが立ち上がる。
 肩布をぱん、と拡げた。
 「ほんとうに大事なことが何か、ちゃんとわかってほしいんだ…」
 寂しげな微笑を残し、天才道士は天化に背を向ける。
 (ほんとうに大事なこと…)
 「ここにいます、師叔」
 「おお」
 ぺったぺったと太公望の足音がする。
 「黄竜が防護壁の耐久値をな…
 「おう天化」
 立ち上がる天化を見て、軍師は困ったような嬉しいような顔をした。
 天才道士があほらしそうに歩き出した。
 「黄竜真人様のところですね。先に行ってます」
 「う、うむ」
 視線が移った瞬間、天化は太公望を引き寄せた。
 素早く唇を重ねる。
 「…」
 口元を押さえ赤面する道兄。
 白々しく咳払い、
 「まあ、なんだ。地上には地上の仕事もある。養生がてら、父親
  をしっかり補佐するのだぞ」
 「……」
 「よいな」
 も一つ念を押し、軍師はテントの陰を離れる。
 すたすた歩いて行く楊ゼンの後を追った。
 小柄な背を見送り、天化は、ちぎって捨てたいように脇腹の包帯
をつかみしめた。


 風が強い。
 「師叔」
 楊ゼンは、小走りに追いついて来たのを振り返らずに唇だけ動か
した。
 「うん?」
 「顔が赤いですよ」
 「……;」
 「師叔、僕は…
 「僕も、天化君のまっすぐさや潔さを好ましく思っています。
 「でも…
 「彼はその分、生き延びる意志とか戦う理由とかが希薄になりや
  すい。だから、彼を受け入れたのですか?
 「彼にそれらを与えるため、彼を守るために」
 「楊ゼン…?」
 軍師は横目をつかい、真剣な表情を見て頬を押さえた。
 指でこめかみを叩く。
 「…そういう気持ちが、全くなかったとは言えぬのう。
 「しかし、わしは…
 「何よりも、あやつのある激しさに惹かれ 応えたいと思った。
  計算だの犠牲だのではないよ」
 「……」
 楊ゼンは風に吹き乱される髪をかき上げ長息を放った。
 「…まあ、いいでしょう。
 「今は負けを認めておきます。僕らに許された長い時の中で、
  きっと貴方が目を覚ます時が来る。
 「そう信じてね」
 「自信たっぷりだのう…」
 「必要なのは、目的へ向かう意志。貴方から学んだことです」
 微笑を刻む頭上に影が差す。
 天才道士は袖をかざして天を見上げた。
 「ん?」
 ぴるるるる。
 上空から下りてくる丸っこい影。
 今回出番のなかった四不象が、大いそぎでやってくるところ
だった。
 「終わっちゃうっスー 」
 ごめん、もう遅いっス。




 

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