光の杖(WJ封神演義・天化×太公望)


二章 こどもたちの肖像

 「無茶です!」
 「ん」
 右手の部屋から、楊ゼンの声が聞こえた。
 天化は毎朝の習慣『高い所で朝日を浴びてオレンヂジュース』を
終え、陣屋に戻って来たところだ。
 (朝っぱらから何事さ?)
 楊ゼンの口調で、叱られているのが太公望だとは察しがつく。
 「どうしたさ?」
 ひょいと部屋を覗き込んだ。
 「天化くん」
 「おお天化」
 予想通りの二人が振り返る。
 「外にまる聞こえだぜ。
 「あんまり楊ゼンさんを困らせちゃ駄目さ、スース」
 「むう…」
 太公望がしぶい顔をする。
 「おぬしのう、」
 口を開くのを天才道士が押しのけた。
 「やっぱりそう思うだろう?
 「ほら師叔、世間はちゃんと見てるんですよ」
 「おぬしら…わしは仮にも上司にあたるのだぞ」
 しかし抗議はさらりと無視された。
 「で、何事だって?」
 「ああ…師叔がね、一人で歩いて外出するって言うんだよ」
 「歩いて?」
 「うむ。このへんの地形を、自分の目と足で確かめたいのだ」
 「ふーん…
 「カバっちはどうするさ」
 「置いてゆく。あやつがおっては目立って仕方ないからのう」
 「だから!」
 楊ゼンが割って入った。
 「それじゃ危険でしょう!妖怪仙人にでも襲われたらどうするん
  です」
 「なに、スープーを連れず普通のカッコをしておれば、誰もわし
  を道士とは見ぬよ」
 『なるほど』
 楊ゼンと天化があっさり頷く。周軍師はちょっとフクザツな顔を
した。
 それへ天才道士がかぶりを振る。
 「でも、一人は駄目です。僕も行きます!」
 「ならぬ」
 「なぜです。
 「そりゃあ僕は、何もしなくても人目を引いてしまうタイプです
  が…汚い格好でもすれば、少しは隠せるかもしれないでしょう。
 「した事はありませんが!」
 「…いや、おぬしには、留守を頼む」
 太公望の声は、なんか疲れていた。
 「師叔!」
 「まあまあ、楊ゼンさん。
 「んじゃ、俺っちがついてくさ。タバコが切れそうだし」
 「天化くん」
 「しかし、おぬしはケガを…」
 若い道士の眉がはねた。
 「こんなもん何でもねえ お姫様扱いはよすさ!」
 思いがけず激しい反応に遭い、軍師の目が丸くなる。そのまま、
じっと黄家の次男を見つめる。居心地悪くなった天化が目をそらす
まで。
 「天化くん?」
 楊ゼンがそっと呼びかけた。
 「…俺っちは、大丈夫さ…」
 答えは、常にあらず弱々しかった。
 太公望がふうと嘆息する。
 「よかろう」
 「師叔」
 「スース…」
 「まあ戦いにゆくわけでもない、それほど言うならばおぬしと
  ゆこう。
 「ただし、だ。無理をしておると見たら、すぐに帰らせるぞ」
 「あ、ああ」
 「天化よ、わしは常に可能性としてのリスクを意識しておるよ。
 「しかし、だからと言って予測され防ぎ得るリスクを、個人の
  エゴを満たすだけのために放置することはできぬ。
 「わかるな?」
 天化は不承不承頷く。
 「うむ。
 「では、一刻後に東門から出る。目立たぬ服に替え、3日ほど
  の旅の支度をして来るのだ」



 門の所で天化が片手を挙げた。
 うす青の地味な服を着ているが、何だか街の遊び人のようにも
見える。
 対して太公望は生成りの長衣をぽふんと纏い、いつも以上に少
年めいていた。
 「おう、待たせたのう」
 が口は偉い。
 「ホレ」
 持っていた細長い荷物を天化の背に押しつけた。本当にケガを
心配しているのだろうか?
 「これ何さ?」
 仕方なく背負いながら、天化が尋ねる。二人は番兵に手を振っ
て歩き出した。
 「測量器具だ」
 「ふーん。
 「で、どこ行くさ?」
 「うむ、あっちの」
 と太公望は、街道の消えていく南の稜線を指す。
 「山裾に小さな宿場町がある。
 「ひとまずそこへ向かい、町を拠点に後ろの山に登る」
 「了解」
 「そうだ。
 「町では、わしらは旅の測量士兄弟と言うことにしておくぞ」
 「何さそれ…」
 「案ずるな。
 「おぬしとわしならば、『似てない』程度で済む」
 「そうじゃなくて」
 「なんだ。テンプルトンとでも名乗りたいのか?」
 「元ネタが違うさ。
 「…まあいいか。けど、俺っちが兄にしか見えねえと思うさ」
 「むっ。
 「うーむ、いたしかたあるまい。それでよい。
 「わしは天牙とでも名乗るか…」
 「天牙ね。
 「ほんじゃ天牙、俺っちを兄様って呼んでもいいんだぜ?」
 天化はニヤリと笑った。
 「ぬう…おぬし、楽しんでおるな…」
 こんな二人の道中に幸あれ。


 町までは順調だった。まあ、太公望は、天化の足について行
くのに多少苦労したようだが。
 「結構にぎやかさ」
 通りを見渡し、天化は楽しそうに言った。
 「この辺では、ここしか町らしい町がないからのう。小さい
  ながらも、トレーダー拠点としてそれなりに栄えておるよ
  うだ」
 大通りの両側にはさまざまな商店や露店が並び、軍旅に慣れ
た目にとりどりの色彩が珍しい。
 天化は花屋の隣にタバコ店を発見し、早速買い込みに行った。
 数カートンを抱えて戻って来る。
 「しかし、おぬし喫煙はいつからだ?
 「あのスポーツ至上主義の道徳が、よく許しておる」
 「んー。
 「修行メニュー倍にされたさ」
 「うーむ」
 苦笑した太公望が、ふと視線を移した。
 路地裏の人影を眺め過ごして鼻から息を吹く。
 「ふうむ…
 「栄えておるだけにこのご時世、難民に混じってたちのよく
  ない輩も流れ込んでおる ようだのう…悶着を起こしたり
  するでないぞ、天化。
 「…っと」
 とん。
 誰かにぶつかって太公望がよろめく。
 「あぶねえ」
 天化が腕をつかんで引き戻した。軽い。
 「いってえ 」
 大袈裟な、そしてお約束な声がした。
 「どうした兄弟!」
 「あー、こりゃ折れてるぜ」
 なんて受ける方もお約束通り。実に古式ゆかしい。
 そしてやっぱり、いかにもガラの悪そうな大男が、肘の辺り
を抱えてうずくまっている。
 「あーあ、あんなとこしか届かねえさ」
 天化の視線は連れの頭上を通過した。
 「うるさいのうっ」
 「ボーズ、大変なことしちまったなあ?」
 「おうよ。こいつの腕、当分使い物にならねえぜ。ちゃーん
  と保障してやんだろ?」
 「あにきーいてえよおお」
 「…むう…実に型ができておる。ムダがないのう」
 太公望は感心している。
 「だろ?俺たちゃチンピラ7年…って何言わすんだよ」
 「妙なガキだな。エラソーにくそ落ち着きゃがって」
 とつかみかかろうとする手を、天化が軽く払った。太公望の
前に出る。
 「誰に悶着起こすなって?」
 「何の話かのう」
 「あのな…」
 「なにゴチャゴチャ言ってやがる、ガキども」
 「…ガキ、どもぉ…?」
 あにき2の罵声に、天化は、ゆうっくりと視線を移した。
 瞳孔が小さい。
 「よりによって今、言うかい…」
 「あ?文句あんのか」
 「ぼくちゃんは、ズボシさされてご立腹でちゅー」
 ぶち。
 何かがちぎれる音がした。
 「持ってるさ」
 タバコの袋が太公望に押しつけられた。
 「こ…これ天化、殺すでないぞ…」
 「努力はするさ」
 「ああ?努力だあ。俺たちを殺さねえようにか。
 「しゃらくせえ。やっちまえ!」
 あにき1が叫んだ。
 でっかい拳が、突っ立ったままの天化の顔面を目指す。
 はしっ。
 音がほとんどしなかった。拳はあわやヒットという位置で
止まっている。
 腕の太さなら半分くらいの天化にがっちり手首をつかまれ、
チンピラあにき1は動けない。
 「なっ、何だこいつ…」
 手と顔から、だんだん血が引いていく。
 天化は空いた片手でタバコを出し、ことさらゆっくり火を
つけた。
 「あ…あにき?」
 「こっ…のガキ、なめやがって…あにきを離しゃがれ!」
 あにき2が襲いかかって来た。
 ぺしょばき。
 天化はあにき1を地面に叩きつけて踏み台にし、2に飛び
蹴りをかます。
 一瞬の連続技だったため、打撃音はほぼ同時に聞こえた。
 あにきーずは完全にのびている。
 「へっ、口ほどにもねえさ」
 天化はぱんぱん手を叩き、煙を噴いた。
 太公望にぶつかって肘を押さえていた男が尻であとじさる。
 「さて。
 「あとあんただけさ。やるかい?」
 尋ねられてぶんぶん首を振った。
 「そうかい、いい判断さ。
 「行こうぜスー…じゃなくて天牙」
 と振り返り、紫陽洞の道士は目を点にした。ちょっとかわいい。
 「お、おう。参ろうか」
 矢立てをしまいながら急いで立ち上がる太公望。その足元には、
顔をドラ○もんとピ○チュウにされたあにきーずが転がっていた。


 

BACK  (TO MENU) OR  NEXT