いんたーみっしょん 


 魔王は、机にべろーんともたれかかって頭を抱えている。
 「はあ…」
 もういくつめになるのかもわからない溜め息が、その唇を洩れた。
 マホガニーの机の面を曇らせ、書斎の空気を重くする。
 「ますたー?」
 銀盆を手に入って来たヨグムンドが主を見上げた。
 今度は何だって言うのだろう。
 「ああ、ヨグムンド」
 「何カゴ不快デショウカ?」
 「いや…
 「違うのだ、今…」
 魔王は椅子に座り直し、ヨグムンドを脇の踏台に上げてやった。
 テディは持っていた盆を机の端に置き、お茶の支度を始める。
 机の上には、何枚かの紙片が散らばっていた。
 書いては消し、また書いたあとが見受けられる。
 「濡レテハイケマセンノデ…」
 テディがそれを集めようとすると、魔王は彼を留めて自分でまとめた。
 「メニューを考えていたのだよ」
 丸めた紙束の端で自分の頭をつつく。
 「なかなか決まらなくてな…」
 それで溜め息か。
 (平和ナ方ダ…)
 ヨグムンドの感想もむべなるかな。
 テディはしかし安心し、温めたカップを魔王の手近に置いた。
 もういいかな?というようにティーポットを見る。
 ポケットから、彼には大き過ぎる懐中時計を出した。魔王に貰ったものだ。
 「お前はどう思う」
 「エ」
 いきなり話を振られ、集中していたテディ頭はすぐに答えられなかった。
 「洋食なり中華なり、何か料理の系統を決めてコースとして出すか、
 「それは気にせずにとにかく美味珍味を取り揃えるか、
 「あるいはいっそ、その日の担当テディに任せるか」
 ディナリは自分の顎をつかみ、椅子から立ち上がった。
 「私としては、どれも捨て難い気がする」
 窓に向かい、苦悩の声調子で言った。
 「コースは何と言っても高級感があるだろう。魔王に招かれたが品がなかった、
   と言われては私も辛い。
 「が…
 「かたちに捕われ、『ご馳走する』という本質を見誤るのであれば、これは本末
転倒というものであり、もてなしの心にも反する。
 「私は、紅於ちゃんたちに喜んでもらいたいのだ」
 「ハイ…」
 ヨグムンドは、香り高い紅茶を青い花模様のカップに注ぎながら相槌を打つ。
 「で、あれば、だ。
 「私の気に入りのメニューを揃え、はなやかにうち並べるのがいいだろうか?
 「だが、その日の食材という問題がある。
 「紅於ちゃんの到着日を限定できない今、
  あらかじめ用意すると言ってもおのずから限度があるのだ。
 「では、これを最もよく知る者は。と思えば、シェフに任せるのが常道という
   気もする…」
 魔王は語っている。
 ヨグムンドは好きにしろ、と思ったが、もちろん口には出さない。
 「サヨウデゴザイマスネ…
 「ますたーノオ心遣イハタイヘンニ尊ク思ワレマスガ」
 「うむ?」
 魔王はまた椅子に戻り、カップを取り上げた。
 立ちのぼる香りを楽しんでから、ゆっくり口元に運ぶ。
 「モテナシトハ即チ心デアル、ト以前オ教エイタダキマシタ。
 「デシタラ現在ますたーガソノ心ヲオ持チニナッテオラレル以上、アトノコトハ
   形骸ニスギヌノデハナイデショウカ」
 「…ヨグムンド…」
 「出来ルカギリノ準備ヲモチロンイタシテオリマス。
 「ガ、ソレハソコマデデヨロシイノデハ?無理ニイマ何モカモ決メナクテモ、ソノ、
  紅於サマガオ着キニナッタ日ニデキルコトヲスレバ、ト私ハ思ウノデスガ」
 「むう…」
 魔王は感に堪えない、といった様子で唸った。
 「すばらしい。
 「お前の言う通りだ、ヨグムンド…
 「そうだな、そうしよう。紅於ちゃんが着いた日に、出せるものを出せばよいのだ」
 「ハ」
 ヨグムンドは深々と頭を下げた。
 魔王は、けっこう操られていることに気付いていない…


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